
更年期症状によって仕事に何らかのマイナスの影響を及ぼす、いわゆる「更年期ロス」。働く女性が増える中で、企業も個人も更年期に対する理解が求められるようになっています。更年期の症状がほとんどない人がいる一方で、悪化した場合には休職、離職につながることも分かってきました。2021年の調査によると、更年期離職による経済損失は、男女合わせて約6300億円(女性は約4200億円)(※1)に上ると推計されています。当事者の女性も含め、更年期症状による不調を正しく理解し、働き続けられる環境にするにはどうすればいいのでしょうか。産業医で、婦人科医でもあるイーク表参道副院長の高尾美穂さんに聞きました。
閉経の平均年齢は約50歳、その前後10年が更年期
働き盛りの世代に不調が起こりやすい
更年期とは閉経をはさんだ前後5年ずつ計10年のことを指します。卵巣機能が低下することによって、エストロゲン(卵巣ホルモン)の分泌が急激に減少し、心身にさまざまな不調が現れやすくなります。日本人の平均閉経年齢は約50歳ですから、働き盛りの女性を悩ませる社会的な課題となっています。「さまざまな人生経験を重ねた40代、50代の女性が働き続けられることは企業にとっても大事なこと。更年期世代の女性は、戦力として十分に期待できますし、管理職としても力を発揮します。更年期にみられる不調は、一般的には数年間で治まる人がほとんどです。いわゆる“更年期離職”を防ぐためにも、まずは企業も個人も更年期について正しく知ることが大切です」と高尾さんは言います。
更年期はいわゆる不定愁訴が多いといわれ、症状も多様で散発的に起こります。特に多いのが、ホットフラッシュ(のぼせ・ほてり)、発汗、冷えといった血管運動神経症状、吐き気、めまい、しびれ、肩こり、腰痛、疲れやすい、頭痛などの身体症状、不眠、物忘れ、うつ、不安などの精神症状です。これらの症状は閉経前からエストロゲンの分泌が乱高下することによって起きると考えられています。「特に閉経前後3~4年ぐらいは、この“ゆらぎ”が大きい時期にあたり、つらく感じる人が多いと報告されています」(高尾さん)。
その後、閉経を確認できた頃には、ホルモンのゆらぎによる不調はなくなりますが、エストロゲン分泌がほぼゼロになることでまた別の問題が出てきます。骨、血管、皮膚など、これまでエストロゲンに守られていた部位に影響が出て、骨粗しょう症やLDL(悪玉)コレステロール上昇に伴う動脈硬化など生活習慣病のリスクが上がるのです。
症状を放置すると悪化するケースも
女性ホルモンの補充や漢方で症状が改善
「大事なのは更年期症状を放置して、コンディションを落とさないこと。40代を過ぎて体調が悪いと感じたら、まずは婦人科を受診して相談してほしい」と高尾さん。不調を感じても、「更年期だから仕方がない」と我慢したり、「誰もが経験するものだから」とやり過ごしたりしていると、症状が悪化してしまうケースもあります。何より、治療法があるのに、それを試さずにつらい思いを抱え、離職を考えるなど、もったいない話です。
婦人科で行う更年期治療の基本は、減少する女性ホルモンを補うことで症状を改善するホルモン補充療法(HRT)、現れた症状を緩和する漢方薬が二大治療です。
HRTは、ホルモン減少の落差をなだらかにすることで症状を抑える治療法で、のみ薬、貼り薬、塗り薬のタイプがあります。「HRTは特に、ホットフラッシュに切れ味よく効きます」(高尾さん)。
漢方薬は、めまい、だるさ、冷えなどの不定愁訴や、イライラやうつ気分、不眠などの精神症状などによく使われます。加味逍遙散(かみしょうようさん)、桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)、当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)は更年期の代表処方です。
この二大治療に加え、うつや不安などの精神症状が特に強い場合は、向精神薬などの処方を行い、心療内科と連携する場合もあります。
「長期的にみると、ゆらぎの時期に現れる症状と、それ以降もずっと続く女性ホルモンの不足による問題は二つに分けて考えた方がいい」と高尾さんは話します。「ゆらぎの時期の症状には漢方薬なども効きますが、長期的な健康維持には、骨粗しょう症予防、動脈硬化予防などの観点からもHRTが効果を発揮します。HRT以外に女性ホルモンの働きを補うという点では、大豆由来のエクオール(エストロゲンに似た作用のある食品成分)も効果があると報告されています」。

睡眠時間の確保や運動習慣も大切
不調を伝えて働き方の見直しを
一方、自分でできるケアとして、生活習慣の見直しも大切です。「特に意識してほしいのは睡眠時間の確保です。睡眠をきちんと取ることでメンタルの状態が改善する人は少なくない。特に疲労感やうつ症状などを感じたら、休養する時間をきちん確保することが大事です」と高尾さん。不調があることを職場に伝えることで、リモートワークを活用したり、仕事の量を調整したりと、働き方の見直しをすることにつながります。
もう1つは運動。「例えば昼間の時間帯にウオーキングやランニングなどを行い、交感神経が優位になる状態を意識して作ります。目安は心拍数が上がる程度の運動量。交感神経が優位になる時間帯を作ると、その後は必ず副交感神経が優位になります。1日24時間の中で、こういったリズムをつくることが大切で、交感神経と副交感神経がバランスよく働くことで、望ましい自律神経の状態に回復します」(高尾さん)。
女性ホルモンのバランスが乱れる更年期は、自律神経も乱れがち。昼間の時間帯に意識して運動することで、自律神経が整い、不眠やイライラといった不調の改善につながります。「どうしても昼間の時間が取れないときは、寝る前のストレッチなどで自分の体と向き合う時間を作るのもいいと思います」(高尾さん)。1日を振り返る静かな時間が、仕事のストレスや忙しさをコントロールするきっかけになります。
また、まじめで責任感が強く、仕事を頑張ってきた人は特に、周囲に助けを求めてみる、昔ほど頑張れない自分を受け入れるなど、少し“ゆるい”心持ちを意識することも大切です。そうでなくでも女性の40代といえば、会社の仕事のほかに家族や子供の問題、親の問題などの悩みも多くなる時期。そんなときに、つらくても頑張りすぎてしまったり、若いころのようにできない自分を責めてしまったりでは、更年期症状の改善は見込めないからです。更年期の症状はエストロゲンの減少で起きますが、実は家庭、職場、社会などの環境因子が症状に大きく影響を及ぼすことも知られています。周りの助けを借りながら、この期間を上手に乗り越えてゆくことも大切な対処法の一つです。
「更年期の不調には治療のガイドラインもあり、受診することで改善する人が多くいます。更年期をむやみに怖がらず、本人や周囲が理解を深めておくことが、適切に対処し、また、つらい時に休みやすい職場環境やサポート体制を整えることにつながります」(高尾さん)。
日本スポーツ協会公認スポーツドクター・産業医
東京慈恵会医科大学大学院修了後、同大病院産婦人科助教、東京労災病院女性総合外来などを経て、2013年から現職。大学病院では婦人科がん(特に卵巣がん)専門。ヨガの指導者資格も持ち、ヨガ、アンチエイジング医学、漢方、栄養学、スポーツ医学を多角的に用い女性の心身をさまざまな角度からサポートする。
(※内容は2023年9月取材時点のものです)