飯田美穂さん写真

病気というほどではないけれど、なんとなくいつも調子が悪い。あるときは、いろいろな症状が入れ替わり立ち替わり、気になってしまうこともある……。こうした、“なんとなく不調”と呼ぶこともできる「不定愁訴」を抱えて働いている女性は、世代を問わず多いものです。そして、こんな不調から解放されたら、もっと毎日の仕事や生活は、質が変わってくるはず。そこで、女性に多い「不定愁訴」の原因と対策について、産業医で産婦人科医でもある慶應義塾大学医学部公衆衛生学教室講師の飯田美穂さんに聞きました。

疲れやすい、肩がこる、めまいがする、気分が落ち込む、動悸(どうき)がする、眠れない……。不定愁訴ともいわれるこんな症状。なんとなく調子が悪いのに、特別な原因は見当たらない、といった状態に悩む女性は多く、男性よりも女性に訴えが多いとの調査結果もあります(※1)

  • ※1平成30年 内閣府「男女の健康意識に関する調査報告書」

「不定愁訴とは、欧米ではMUS (medically unexplained symptoms)などと表現され、十分な診察や検査等をしてもその原因を医学的に説明できない、すなわち特定の原因がはっきりしない多彩な症状のことを言います」と飯田美穂さん。こうした状態を抱えている人は決して少なくありません。成人では20~30%の人が不定愁訴をもつと推定された報告もあります(※2)。そして多くの研究から、不定愁訴には性差があり、男性よりも女性において認められやすいことが分かっています。その背景には、体力や筋量といった体格面での違いや、女性特有の性ホルモンの分泌の変動といった生物学的な要因、女性がよりストレスなどを感じやすいといった心理・社会的要因など、さまざまな理由が考えられます。

  • ※2BMJ.2005;330:4-5

冒頭に挙げたような不調は、病気が特定できなければ、原因不明と片付けられがちですが、女性の場合、不定愁訴の原因の可能性としていくつかのケースが考えられます。代表的なものは、更年期症状、甲状腺の異常、鉄不足・栄養不足。ほかには、ストレスや睡眠不足が原因である可能性も少なくありません。“なんとなく不調”に悩む女性は、まず、これらに該当しないかチェックしてみてはいかがでしょう?

「不定愁訴」がある女性が疑ってみたい可能性

  • 更年期症状
  • 甲状腺の異常
  • 鉄不足・低栄養
  • ストレスや睡眠不足

40代以降で生理が不順になってきたら、
更年期症状の可能性も疑ってみる

女性の不定愁訴といって、すぐに思い浮かぶのは「更年期症状」かもしれません。ただし、対象となるのは閉経前後の、40~50代の女性です。これに加えて「最近、生理が不順になった、量が以前と変わってきた」など生理に変化が出ていたら、更年期症状が原因の不定愁訴である可能性が高まります。

更年期の症状は、これまで女性ホルモンが十分に出ていた体が、ホルモンの出ない状態(閉経)に変わる移行期に、体や脳がその新しい環境に慣れず混乱し、自律神経や精神などの不調という形で現れます。「新しい体の環境に脳や体が慣れたら、症状は徐々に落ち着くのが一般的です」(飯田さん)。

もしかして、と思った人は婦人科を訪ねてみてください。「更年期症状かどうかは、ほかの病気がないかを確認し、そのうえで、生理の状態やホルモン検査値を参考にしながら、加齢に伴う体の変化や心理的・社会的状況など、総合的に評価します」と飯田さん。更年期症状が原因なら、ホルモン補充療法や漢方薬、睡眠・運動・食事など生活スタイルの改善やストレスの緩和などで症状が軽減できるかもしれません。

「甲状腺機能異常症」も疑ってみて
バセドウ病や橋本病は更年期症状に似ている

次は「甲状腺機能の異常」による症状の可能性です。甲状腺ホルモンは全身の新陳代謝に関わるほか、妊娠にも関わる重要なホルモンで、甲状腺機能の異常は男性より女性に圧倒的に多く発生することが分かっています。

甲状腺ホルモンの分泌が減る「甲状腺機能低下症(橋本病)」の代表的な症状は、無気力、冷え、倦怠(けんたい)感、むくみ、体重増加、うつ気分、月経異常(月経不順・過多月経)などで、30~40代女性に多く、更年期症状と間違えやすい症状が多くみられます。

一方、甲状腺ホルモンが作られ過ぎて代謝機能が過度に活発化する「甲状腺機能亢進症(バセドウ病)」は、20~30代女性に多く見られ、代表的な症状は汗が多く出る、脈が速くなる、疲れやすくなる、イライラする、落ち着かないなど、こちらも更年期症状と似た症状が多く見られます。

バセドウ病も橋本病も、血液検査で甲状腺ホルモンの値を調べれば診断がつきます。「40代以降でこうした症状がある場合や、40代未満でも、妊娠の希望があるのに月経周期が乱れていて、こうした症状がある人は、婦人科や内科などで甲状腺の異常の検査をしてみたいと伝えてみるのもいいかもしれません」と飯田さんは話します。原因が甲状腺の機能異常なら、薬を飲むことで症状は改善します。

鉄不足やたんぱく質・ビタミンなどの
栄養不足で機能が低下している可能性

三つ目の可能性は、鉄不足や栄養不足が原因と考えられる不定愁訴です。

女性は、生理による出血でそもそも毎月、鉄を体外に排出しています。女性に鉄不足による貧血の人が多い理由の一つはこのためで、50歳未満の約5人に1人が鉄欠乏性貧血(貧血)という調査もあります(※3)

  • ※3IntJHematol.2006;84:217-219

こうした生理による出血に加え、体重を減らすために食事制限をしたり、忙しくて食事を十分に取る時間がないなどの生活になったりすると、食事の摂取量が総合的に足りなくなるため、それに伴って鉄の補給量も減ってしまいます。

鉄不足で貧血になると、酸素や栄養が体の組織や脳に十分に運ばれなくなる、いわゆる「酸欠状態」になるので、全身の細胞が正しく機能できなくなり、疲れやすさ、息切れ、めまい、動悸、集中力の低下、不眠、うつ気分、肩こりなどの症状になって現れます。さらに女性にとって見逃せないのは、肌荒れや肌のくすみ、抜け毛、爪のもろさなど美容面にも大きく影響が出る点です。

「生理がある年代で不定愁訴がある人は、一度、鉄不足を疑ってみてほしいです。寝つきが悪いと睡眠外来に来た人や、うつ病を心配して受診した人に鉄を補給したら、症状が改善することがよくあります。前出のような不調に悩む人は『フェリチン』値の検査をしてほしいと医師に伝えてみてはどうでしょうか」と飯田さん。

フェリチンというのは、肝臓に蓄えられた鉄で「貯蔵鉄」とも呼ばれ、血液中の鉄がなくなったときにこれが使われるため、鉄不足を鋭敏に捉えられる代表的な指標の一つです。「貧血の検査は、通常、血液中のヘモグロビンの濃度から判定しますが、ヘモグロビンが正常値であってもフェリチンの値が低い女性は、一時的に大量の血液が使われる生理などのときに貧血になりやすい。ですから、女性の健康管理では、実はフェリチンが足りているかをチェックすることが重要なのです」(飯田さん)。

会社の健診で「貧血」の項目が正常でも、不定愁訴があるならフェリチン不足を疑ってみてください。「フェリチンが足りない人は積極的に鉄分を補給してほしいです。医師の処方する鉄剤を取る、赤身の肉やレバー、卵、魚などの動物性たんぱく質や緑黄色野菜・大豆などを積極的に食べる、鉄を補強した機能性食品やサプリメントを活用するのも有効です」(飯田さん)。

もう一つの栄養不足による不定愁訴は、食事の量が少なかったり、食べるものが偏っていたりするために、活動に必要なエネルギーも栄養も足りていないことで起こります。

そもそも、日本人の20~30代の女性は世界的に見ても「やせ」が多いことが国家的な問題になっています。やせとは、BMI(体格指数=体重(kg)÷身長(m)÷身長(m))が18.5未満の人。自分のBMIを計算し、18.5未満なら食事をもっと取ることが基本です。

やせてエネルギーが足りない人はパワーが出ませんし、筋肉が足りないので熱を作り出しにくく、冷えやすくなります。また、B群やD群などのビタミン類、たんぱく質、カルシウムや亜鉛など機能を調節する栄養もおのずと足りなくなるので、鉄不足同様、不定愁訴が起きやすくなります。

「朝食を抜くとそれだけで、1日に必要な栄養やエネルギーを取るのが難しくなります。朝食欠食をしている人は、まず栄養補給を考えて、朝ご飯を食べることから改善してほしいです」(飯田さん)。

この三つに該当しない場合も、「ストレスが過剰にかかった状態や、睡眠不足なども不定愁訴の要因になります。ヨガやウオーキング、音楽に合わせて動くなどリズミカルな運動をすると、セロトニンというホルモンの分泌が増え、うつっぽい状態が改善することも分かっています。睡眠時間を確保する、毎日同じ時間に起きるようにする、ストレスをマネジメントする自分に合った方法を見つけるなどの生活習慣を整えることは“基本のキ”ですが、とても重要です」と飯田さんは話します。

飯田美穂さん
慶應義塾大学医学部衛生学公衆衛生学教室 講師

2008年慶應義塾大学医学部卒。2010年同大学医学部産婦人科学教室に入局し、産婦人科医としての研さんを積む。2017年同大学大学院医学研究科修了、医学博士取得。2018年同大学医学部衛生学公衆衛生学教室助教。2021年同講師。女性ヘルスケアの向上に資するエビデンス創出のための疫学研究や、企業における女性の健康支援に従事。女性の健康を社会医学・公衆衛生の側面から取り組んでいる。産婦人科専門医、女性ヘルスケア専門医、社会医学系指導医、日本医師会認定産業医。

(※内容は2023年10月取材時点のものです)