専門家コラム Column

フェムテックを活用して職場のウェルネス向上を図る

キーワードからキーワード別の記事一覧を見ることができます

皆川朋子さん写真

政府の「女性版骨太の方針」にも「フェムテックの利活用」が2年連続で盛り込まれるなど、ここ数年、フェムテックが注目を集めています。フェムテックとは、生理や妊活・妊よう性、妊娠期・産後、更年期など、女性特有の健康課題をテクノロジーの力で解決する製品・サービスのこと。日本ではまだあまり知られていませんが、すでに海外では社員の福利厚生にフェムテックを活用する企業が増えているようです。では、日本で企業がフェムテックを取り入れるには、実際どのようなサービスがあるのでしょうか。また、そのメリットについて、一般社団法人 Femtech Community Japan代表理事の皆川朋子さんに聞きました。

海外では不妊治療サポートも福利厚生の1つ
人材の流出防止にフェムテックを活用

企業が福利厚生として、フェムテック製品やサービスを活用する背景にはどんな状況があるのでしょうか。海外のフェムテック事情にも詳しい皆川さんによると、「海外、特に米国ではフェムテックを福利厚生に取り入れる企業が増えています。最初に広がったのは、IT(情報技術)企業大手です。人材の流動性が高いので、優秀な人材を確保する手立てとしてフェムテックを福利厚生に取り入れるようになりました」。

日本でフェムテックというと、まずは生理に対応したサービスを思い浮かべますが、「米国企業の福利厚生サービスで大きく普及したのが不妊治療のサポートです。例えば、治療データを蓄積し、ひとりひとりに合った不妊治療を提案することで、妊娠の成功率を上げるサポートが受けられるサービスや、体外受精、卵子凍結などへの補助を、福利厚生の一環として取り入れる企業が2016年頃からぐっと増えています。従業員数500人以上の企業の4割以上が取り入れているともいわれています。不妊治療のサポートは特に20~30代の女性にニーズが高く、優秀な人材のリテンション(流出防止)につながります」(皆川さん)。

働く女性の4人に3人が
「女性特有の症状による不調を抱えている」

では、フェムテックに対する日本国内の状況はどうでしょうか。「海外は民間のスタートアップによる技術革新の動きが活発ですが、日本では女性活躍という視点で、政府も積極的にフェムテックの普及を推進している印象です。自民党内にフェムテック振興議員連盟が発足し、経済産業省ではフェムテック等サポートサービス実証事業費に補助金を出すなどの動きがあります」(皆川さん)。

一方、働く女性もフェムテックを求める就業状況にあると皆川さんは指摘します。東京都が行った調査(関連記事:生理やPMS、更年期……職場における女性の健康課題を徹底調査)では、働く女性の57.4%が生理痛で仕事に影響が出ていると回答。2023年3月に行われた別の調査(※1)では、75.6%が「女性特有の症状による困りごとを抱えている」と回答しています。それらの不調に対し、「鎮痛剤」「婦人科受診」「低用量ピル」など何らかの対策を打っている人は、どちらの調査でも7割以上いました。「こうしたデータから見ても、職場においても女性特有の健康課題への理解が必要ですし、企業としてフェムテックなど女性の健康課題を解決する製品・サービスを導入することは福利厚生に有効であり、女性活躍につながると考えられます」(皆川さん)。

  • ※1『働く女性の健康課題および企業の支援制度に関する調査』(2023年3月、オルガノン)

専門家にアクセスしやすい環境を提供
大手生命保険が参入する動きも

では、実際にどのようなフェムテック製品・サービスが活用されているのでしょうか。

「日本のフェムテックサービスの例として、医療の専門家への相談やアクセスをしやすくするサービスが挙げられます。電話やオンライン、アプリなどで従業員が医療の専門家に手軽に相談でき、アドバイスが受けられるサービスや、健康状態を問診し、その結果をフィードバックして、受診したいと思った人には医療機関をアドバイスするサービスもあります。さらには、生理や更年期の悩みがある人が、婦人科医によるオンライン診療が受けられ、必要に応じて低用量ピルや漢方薬などを届けてくれるという、受診・相談・服薬支援まで総合的にサポートするサービスもあります」(皆川さん)。

不調を抱える女性が、自分の症状が受診を要する程度なのかわからず、受診をためらってしまうケースは多くあります。また職場に産業医や保健師がいても、婦人科系の知識が十分であるとは限らないこと、働く女性が多忙で受診する時間を確保しにくいことなども、受診や治療に結びつかない要因と考えられます。そうした人たちの背中を押すのが、婦人科領域の専門家によるオンライン診療やアプリによる相談などのフェムテックといえます。

「女性特有の健康課題に関する知識や、男女の健康管理法の違いなどについて理解を深める研修やセミナー、コンテンツを提供するサービスも増えており、企業のニーズも高まりつつあります。毎月、新しい記事が配信されるなどコンテンツが豊富なサービスや、コンテンツに関連する内容を専門家にオンラインで相談できたり、検査や自由診療の費用が割引になったりするサービスもあります。そのほか、企業のトイレに生理用品を配置するサービスも導入されています」(皆川さん)

企業が導入しているフェムテックの例

  • 女性の健康課題について研修を行い、希望者にはオンライン診療、必要に応じて低用量ピルや漢方薬などの薬を自宅に届けるサービス。導入前後の効果検証も行う
  • 自分の不妊治療の内容を記録・管理し、治療の振り返りなどがしやすくなるアプリのサービス。似た状況の人の治療結果との比較など客観的なデータが可視化され、データに基づいて治療方針を検討できる
  • 秘匿性を守ったうえで女性従業員に問診を行い、受診が必要かどうかをフィードバック。希望者は専門家へのオンライン相談が可能で、受診希望者には産婦人科医を紹介するプラットフォーム。リテラシー向上のための男女向けEラーニングも提供
  • IoTを使った生理用品ディスペンサー
  • 従業員向けのセミナーやラーニング動画の配信、提携クリニックの自由診療が割引になるクーポンを提供するなどのサービス
  • 産婦人科医・助産師などの専門家にWEB、LINE、電話で相談できるサービス

大手保険会社がスタートアップと提携して、フェムテックの福利厚生事業を手掛ける動きも活発化しています。福利厚生に使えるフェムテックサービスの多くは、雇用者である会社に対して個人情報を提供しない仕組みを取っているため、従業員が安心して使えるというメリットもあります。一方で、会社側が把握したい会社全体や部門別といった統計情報についてはニーズに応じて提供する事業もあるようです。

プレゼンティーズムを改善して生産性を向上

こうしたフェムテックサービスを取り入れることは、企業側にはどんなメリットがあるでしょうか。1つは、働き続けながらも何らかの健康問題によって業務効率が落ちる「プレゼンティーズム」の予防・改善です。「特に女性の場合は、生理や更年期症状によって仕事のパフォーマンスが落ちることが前述などのデータによっても明らかです。とはいえ、それについてどう対処すればいいのか、従業員自身が判断するのは難しい状況があり、放置されている状態です。フェムテックを福利厚生に取り入れることで、必要な研修を受けたり、専門家にリーチしたりして、自分に必要なアクションが選択できる。まずは従業員に対して正しい知識を啓発することが、企業がやるべき最初のステップだと思います」(皆川さん)。健康に課題のある従業員が自分の状態を正しく知り、正しくアクションできることが、結果的には生産性の低下を防ぐことにつながります。

幹部らが生理痛体験デバイスで疑似体験
経営者の本気度が企業のブランディングに

「フェムテックを福利厚生として導入することで、経営側がいかに従業員の健康課題にコミットしているか、特に女性活躍を推進しようとしているか、本気度を伝えることができます」と皆川さんは強調します。

ある大手企業では、女性活躍を考える中で、社長をはじめ幹部らが生理痛体験デバイスを装着して体感したという実例があります。「生理痛がどのようなものなのか言葉だけでは理解しにくいけれど、疑似体験することで、『これが一日続くのはキツい』といった声が上がったそうです。そうした体験をトップが実感を持って語ると、その思いは従業員に伝わります。新卒採用で女性活躍推進をアピールする企業が増えていますが、産休・育休制度や時短制度があるといったことだけではなく、女性が本当に活躍できる職場の空気があるのかを新卒女性は真剣に見ています。その意味でフェムテックを福利厚生に取り入れることは、女性活躍を推進する企業のブランディングの助けになるのではないかと思っています」(皆川さん)。

皆川朋子さん
一般社団法人 Femtech Community Japan代表理事

東京大学工学系研究科修士。外資ITコンサルティングに従事後、英国ケンブリッジ大学にて経営学修士を修了(MBA)。帰国後は、独立系戦略コンサルティングファームの執行役員、人工知能ベンチャー取締役・事業責任者に従事した後、独立系VCに参画しスタートアップへの投資・事業成長の支援、女性起業家支援などに従事。複数のFemtech企業への投資実績を有する。現職は、女性ヘルスケアに注力するグローバル製薬企業オルガノンにてエグゼクティブ・ディレクターを務める。2021年より女性ヘルスケア領域のイノベーション推進を行う業界団体Femtech Community Japanを設立。