最近よく聞く「プレコンセプションケア」って何?いつか妊娠・出産したい男女のための「健康づくり」の知恵
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「プレコンセプションケア」という言葉をご存知でしょうか。コンセプションは英語で受胎、つまり、新しい命を授かることです。プレコンセプションケアは、将来妊娠・出産するかもしれない女性やカップルが、「妊娠する前から」自分たちの健康や生活と向き合うことを意味します。なぜ、いま働く女性やカップルに「プレコンセプションケア」の必要性が高まっているのでしょうか。そもそも、妊娠・出産を今希望していても、していなくても、現在、どのようなからだづくりが必要なのかについて、2015年に日本初のプレコンセプションケアセンターを立ち上げた、国立成育医療研究センター周産期・母性診療センター母性内科診療部長の荒田尚子さんに聞きました。
「日本の乳児死亡率や妊産婦死亡率は世界的にも非常に低く、周産期医療は世界でもトップレベルです。しかし一方で、女性の持つリスク因子が原因とされる2500g未満で生まれる赤ちゃん(低出生体重児)の割合や、先天異常で生まれる子供の割合は先進国の中でいまだ高いという問題を抱えています。
実は、低出生体重児や先天異常のリスク因子の代表的なものは、妊婦になる女性のやせ過ぎや肥満、葉酸不足、風疹や梅毒などの感染症、糖尿病、喫煙、アルコールなどです。高齢出産や不妊に悩む人が増えていることもあり、妊娠を希望しても妊娠しにくくなる要因は増える一方です。そこで、女性やカップルがより健康になること、そして将来、さらに健康になること、そのことによって元気な赤ちゃんを授かるチャンスを増やすことを積極的に後押しする“プレコンセプションケア”の重要性が高まっているのです」と荒田尚子さん。
プレコンセプションケアは2006年に米国疾病対策センター(CDC)が必要性を提唱し始めた概念です。WHO(世界保健機関)は2012年に、プレコンセプションケアについて、「妊娠前の女性とカップルに医学的・行動学的・社会的な保健介入を行うこと」と定義しています。
ですから、「プレコンセプションケア」でチェックする項目は、妊娠をしたいかどうかに関わらず、若い世代の女性や男性がよりよい健康状態を保つために行ったらよい事柄の、医学的根拠のあるチェックポイントと考えることもできるでしょう。
将来妊娠を希望する女性が早くから気をつけたい主なポイント
- その1:BMIを18.5~25未満の普通体重に保つ
- その2:葉酸の多い食品を食べ、かつ、サプリメントで400μg/日も補給する
- その3:性感染症のチェックをカップルで行う
- その4:カップルで風疹の抗体価検査をし、抗体価が低い場合はワクチン接種
- その5:血液検査で、糖尿病のHbA1c、遊離甲状腺、ホルモン(FT4)、甲状腺刺激ホルモン(TSH)の値をチェック。血圧値のチェック
- その6:禁煙
- その7:節酒
(荒田さんの取材を基に作成)
日本の「プレコンセプションケア」を推進する役割を担う成育医療研究センターでは、男性版、女性版のプレコンセプションケアのチェックシートをHPで公開しているので、こちらも参考にしてください。プレコン・チェックシート | 国立成育医療研究センター(ncchd.go.jp)
早産や赤ちゃんの低栄養を防ぐためにも妊娠前から「やせ過ぎ」回避を
荒田さんがプレコンセプションケアとして第一にチェックを薦めるのは、体格指数のBMIです。BMIは、「体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)」で計算します。国民健康・栄養調査(2019年)によると、出産適齢期の20代女性の5人に1人(20.7%)、30代女性の6人に1人(16.4%)が、BMI18.5未満のやせ過ぎです。
やせている人が妊娠したら、生まれてくる赤ちゃんの体重が少なくなるリスクは高くなることが分かっています。こうした影響もあって、日本では2000年以降低出生体重児の割合が増え、2005年以降、約20年間も女児10%台、男児8%台で高止まりしていることが問題になっています。

「やせている女性は妊娠中も食が細いことが多く、赤ちゃんの成長に必要な栄養が不足するため、早産や低出生体重児(2500g未満)、極低出生体重児(1500g未満)を出産するリスクが高くなります。低出生体重児は、中高年になって心筋梗塞や脳梗塞を起こすリスクが、3000g台で生まれた人たちの1.25倍、極低出生体重児は1.76倍になり、糖尿病や心筋梗塞、脳梗塞など生活習慣病のリスクが高まるなど、将来の健康に影響することが分かっています(下グラフ、※1)」と荒田さん。
また、妊娠前から肥満だった場合は、妊娠高血圧症候群や妊娠糖尿病になりやすく、4000g以上の巨大児を生んだり死産になったりする可能性が高くなります。赤ちゃんが大きいと難産になりやすく、産後の出血量が多くなったり脳性麻痺が生じたりすることもあります。ですから、妊娠する前からBMIを18.5~25未満の普通体重の範囲内に保つことがプレコンセプションケアの重要ポイントです。

(データ:J Epidemiol. 2023 Nov 18. doi: 1.2188/jea.JE20230045.)
- ※1J Epidemiol. 2023 Nov 18. doi: 10.2188/jea.JE20230045.
妊娠前からの葉酸サプリ摂取で先天異常のリスクを減らそう
「もう一つ、日本の大きな問題は葉酸の摂取不足です。葉酸はビタミンBの一種で、ほうれん草や小松菜、ブロッコリーなどに多く含まれます。妊娠のごくごく初期に葉酸が不足していると、脳や脊髄(せきずい)の元となる神経管が未完成になる神経管閉鎖障害の赤ちゃんが生まれるリスクが高まりますが、食事だけでこの先天異常の予防に必要な量の葉酸を取るのはほぼ不可能です」と荒田さん。
先天異常の神経管閉鎖障害になると、脊髄が背中の外に飛び出し排尿障害などが出る「二分脊椎症」や「無脳症」などが赤ちゃんに起こります。
妊娠する1カ月以上前から1日400㎍の葉酸サプリメントを摂取すると、神経管閉鎖障害が4割軽減することが分かっています。しかし、神経管の発達は妊娠が判明する前の6週目くらいまでに完成するので、妊娠に気づいてから葉酸を補充しても、この先天異常は防げないのです。
欧米では、妊娠前からの葉酸サプリの摂取や、日常的に食べるパンなどの食品への葉酸添加によって、もともと高かった神経管閉鎖障害の発生率を減らすことに成功しています。日本でも、厚生労働省が2000年に、妊娠可能な年齢の女性に妊娠前から通常の食事に加えて1日400㎍ の葉酸サプリの摂取を推奨する通知を出しました。しかし、実際に妊娠前から葉酸を摂取している人は少ないのが現状で、神経管閉鎖障害の発生率は欧米より高くなっています。妊娠する可能性のある女性は、妊娠前から、ほうれん草やブロッコリーなどの食品からの葉酸摂取に加え、1日400㎍の葉酸をサプリで補給するーー。これも重要なプレコンセプションケアです。
感染症対策や糖尿病や高血圧
甲状腺の病気の有無もチェックを
さらに、最近問題になっているのが、梅毒の母子感染による「先天梅毒」の増加です。2023年に先天梅毒と診断された子は37人と、現在の形で統計を取り始めてから過去最高を記録しました。梅毒は性的な接触で広がる感染症ですが、近年感染者が増加しており、母子感染すると流産・死産、皮膚の病変、水頭症、難聴などにつながります。梅毒の検査は妊娠初期にも実施しますが、その段階から梅毒の治療をしても、赤ちゃんの先天梅毒を防げないことがあります。梅毒は無症状なので、妊娠前にカップルで、感染の有無を確認する検査を受けておいたほうがよいわけです。
また、妊娠初期に妊婦が風疹に感染することによって、赤ちゃんが白内障や緑内障などの眼の病気、難聴、先天性心疾患などになる妊娠風疹症候群にも注意が必要です。妊娠を希望する20歳以上の女性とその同居者で風疹にかかったことがない人や、風疹ワクチン(風疹・麻疹ワクチンを含む)の接種を2回受けていない人は、住んでいる市区町村で、風疹ウイルスの抗体検査が無料で受けられます。風疹の抗体価が低いと分かった場合のワクチン接種も公費で受けられ、妊娠前に接種すれば先天性風疹症候群を防げます。
「それから、妊娠を希望する女性に、血液検査でぜひチェックしておいてほしいのが、1~2カ月間の血糖の状態を示すHbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)と遊離甲状腺ホルモン(FT4)、甲状腺刺激ホルモン(TSH)の数値です。20~30代の場合、職場の健康診断ではHbA1cを測らないことが多いのですが、糖尿病になっていることに気づかず妊娠すると流産・死産になったり、赤ちゃんに先天性障害が生じたりするリスクが倍増します」と荒田さん。
もう一つの、甲状腺ホルモンは全身の新陳代謝や妊娠にも関わる重要なホルモンです。遊離甲状腺ホルモンと甲状腺刺激ホルモンの値を測ったほうがよいのは、甲状腺機能が低下したり亢進したりしていると、流産や早産、妊娠高血圧症候群などが生じやすいからです。実は甲状腺の病気は圧倒的に女性に多く、妊娠適齢期に発症している人も多いのですが、気づいていない人も少なくありません。「妊娠前に検査を受けて治療しておけば、妊娠・出産時のリスクは甲状腺に異常がない人と同程度になります。しかも、治療すればすぐに良くなる病気です」(荒田さん)。
ところで、妊娠を望む女性は、“卵巣年齢”とも呼ばれる「抗ミュラー管ホルモン(AMH)」の値も調べたほうがよいのでしょうか。
荒田さんは、「AMHの値で卵子の数を推測できますが、これは卵子の質とは関係ないため、検査の結果の捉え方には注意が必要です。妊娠率には卵子の質が大きく影響します。AMHの検査は、妊娠しやすい期間がどの程度残されているかを判断するという意味が強いでしょう。実際に妊娠するかどうかについては、AMHよりも年齢や卵子の質がより重要です。AMHを測定した場合は、信頼できる産婦人科医に相談し、総合的な観点から妊活のプランを立ててほしい」と話します。
一方、喫煙、飲酒は胎児に悪影響を与え、早産や低出生体重児の出産、先天異常の原因になります。また、受動喫煙は妊婦の妊娠高血圧症候群の発症リスクを増加させます。必要に応じて禁煙治療も活用しながらカップルで禁煙し、妊娠の可能性がある女性が飲酒を控えることも重要なのです。
「プレコンセプションケアは、妊娠を計画している女性だけではなく、妊娠が可能な年齢のすべての女性やカップルが、長く健康に働き続けるためにも必要なケアと言い換えることができます。20代から40代前半くらいまでの時期に、栄養面や体格、感染症対策なども含め健康な生活習慣を身に着けることは、その先の健康維持だけではなく、より素敵な人生を送ることにつながるでしょう。働く女性たちにはこうした考え方を持ってもらい、プレコンセプションケア外来を受診したり、何でも相談できる産婦人科医をかかりつけ医にすることをお薦めします。ここでお話した以外にも、知っておいていただきたいことはまだあります。成育医療研究センターでは男性・女性用に“プレコン・チェックシート”も公開しているので、ぜひ、サイトもチェックしてみてください」と荒田さんは強調します。
プレコンセプションケアセンター責任者
広島大学医学部卒。慶應義塾大学医学部助手(内科学・腎臓内分泌代謝科)、横浜市立市民病院内科(糖尿病内科)医長、米国マウントサイナイ医科大学内分泌糖尿病骨疾患科リサーチレジデント、国立成育医療研究センター総合診療部勤務などを経て、2010年より現職。2015年、国立成育医療研究センター内に日本初のプレコンセプションケアセンターを開設。専門は内分泌・代謝学(特に、妊娠に関連した糖尿病、甲状腺疾患)、母性内科学。
(※内容は2024年6月取材時点のものです)