
働く女性の半数以上が、生理痛やPMS、更年期症状など女性ホルモンの分泌量の増減に由来する不調で仕事に影響が出ていると感じています(関連記事:生理やPMS、更年期……職場における女性の健康課題を徹底調査)。しかし、つらい症状があっても多くの人が我慢してやり過ごしていることも分かっています。昔と違って今は有効な治療法があります。その代表が「ホルモン治療」です。生理や更年期に伴う不調の第1選択となる治療法ですが、「なんとなく怖い」と敬遠する人が多いようです。正しい使い方や効果、副作用などを知らないことが、怖さを感じる背景にあるかもしれません。そこで、ふくしま子ども・女性医療支援センターの特任教授である小川真里子さんに、生理と更年期のそれぞれの不調に対する「ホルモン治療」について最新情報を解説してもらいました。
生理痛や過多月経などの月経困難症には
エストロゲンとプロゲステロンのLEP剤が保険適用
「女性の体調は、エストロゲン(卵胞ホルモン)とプロゲステロン(黄体ホルモン)という二つの女性ホルモンの影響を大きく受けています。生理は毎月の女性ホルモン分泌量の増減で起きる現象ですし、加齢に伴って女性ホルモンの分泌が減って、やがて閉経する前後の時期の更年期の期間につらい症状が出る人もいます。月経随伴症状や更年期症状は女性ホルモンの変動が原因の一つなので、薬剤でホルモンの変動を緩和することで症状を緩和する治療法があります」と小川真里子さん。
生理中の腰痛や下腹部痛、頭痛などの痛み、眠気、疲労・脱力感などの不快な症状をまとめて月経困難症と呼びます。重いときは「ベッドから起き上がれない」など、仕事に影響をきたすこともある月経困難症の治療には、2008年からLEPと呼ばれる低用量ピルが保険適用になりました。LEPは避妊目的で服用する低用量ピル(OC)と同じエストロゲンとプロゲステロンを含む薬剤ですが、避妊目的で使うOCは保険適用外。対してLEPは月経困難症や子宮内膜症の改善を目的に処方されます。
では、LEPはどのように作用して痛みや不快な症状を減らすのでしょう?「そもそも生理痛は、排卵によって子宮内膜が厚くなり、それが剥がれ落ちるときに起きる痛みです。排卵後に妊娠しなかった月は、子宮内膜でプロスタグランジンという痛み物質が大量につくられ、この物質の働きで子宮が収縮して不要になった内膜を外に押し出します。これが生理です。
LEPを使うと、エストロゲンとプロゲステロンの成分が脳下垂体に働きかけ、卵胞の発育が抑えられるため、そもそも排卵が起こらなくなります。排卵がないと子宮内膜も厚くならないので経血の量が減り、プロスタグランジンという物質の産生も減り、子宮の収縮も抑えられるので痛みも出にくくなるわけです。
生理の回数や経血量が減ることは、子宮内膜症の予防にもつながると考えられています。排卵を抑えるというと心配する人もいるかもしれませんが、薬の服用をやめるとすぐに排卵は復活しますから、妊娠・出産に影響はありません」(小川さん)。
低用量ピル(LEP)の月経随伴症状への作用
脳下垂体
- 排卵をストップ→排卵によるホルモンの波が抑えられる→PMS症状の緩和(保険適用外)
子宮
- 子宮内膜が厚くならない→経血量が減る、出血期間が短くなる、痛みが抑えられる(保険適用)
(取材を基に作成)
LEPは月経困難症だけではなく、PMS(月経前症候群)の症状も軽くします。「生理前に起きるイライラや眠気、乳房の張りといったPMSの症状がなぜ起こるか原因ははっきりとは分かっていませんが、2つの女性ホルモンの変動が関わっていると考えられています。PMSは排卵後から生理までの時期に生じる不調です。LEPで排卵をお休みさせればホルモンの変動も抑えられるので、PMSの不調も緩和されるわけです」(小川さん)。ただし、PMSに対してLEPは保険適用ではないので、生理痛もある場合は保険が使えますが、PMSだけの場合は自費になります。
LEPの服用は1日1回。薬で異なる出血頻度
月1回出血のタイプ、年に数回出血のタイプも
ホルモンの血中濃度を一定に保つために、LEPは基本的に1日1回、決まった時間に服用します。LEPにはさまざまな製剤があり、服用方法も異なりますが、「一般的なのは21日間服用を続けて、7日間休薬するという飲み方。休薬している間に軽い生理のような出血があります。最近は、4カ月くらい連続で服用し、年間の生理の回数を減らすという飲み方も選べます。生理回数が減るとそれだけ痛みを減らせるので、QOL(生活の質)も向上するし、旅行や出張などの予定も組みやすくなります」(小川さん)。
副作用については、「飲み始めて体が慣れるまでの1、2カ月間は、不正出血や軽い頭痛などのマイナートラブルが起きることがあります。ただ、製剤が開発されて以来、改良が繰り返され、含まれるホルモン量も減っているため、以前に比べて吐き気やむくみなどを訴える人は減った印象です。またLEPのデメリットとして、血栓症のリスクが上げられますが、実際は1万人に数人の発症レベルなので、心配するほどリスクが大きいわけではありません。妊婦さんの血栓症の発症率(1万人に5~20人)に比べると、はるかに低いです。
血栓症リスクの要因となるのはエストロゲンなので、血栓症を避けるためにプロゲステロン製剤だけを使って月経困難症や子宮内膜症に対処する、低用量ピルとは違うホルモン治療もあります。ただしプロゲステロン製剤だけでの治療は、1日2回飲む必要がある、不正出血しやすいなどのデメリットもあります」(小川さん)。
薬が合うかどうかを確認するため、通院頻度は初期は1カ月ごと、安定すれば3カ月に1度くらいというのが一般的。1カ月の保険薬の費用はジェネリックなら1,000円程度から、そうでなくても、2,000円~3,000円程度です。
最近耳にする「ミニピル」って?
生理痛やPMSの対策として、「ミニピル」という言葉を、最近よく見かけます。ミニピルは低用量のプロゲステロンだけを含む避妊薬の俗称で、POPとも呼ばれ、海外では承認薬ですが、日本では2024年現在、承認されていません。エストロゲンは含まず、プロゲステロンだけの製剤のため、血栓症のリスクがないことから、低用量ピルが使えない人の避妊や生理痛などの対策に使われているようです。ただ、現時点で日本では未承認なので、国内で出回っている「ミニピル」は医療機関が独自に輸入した自由診療の薬。ですから、この薬で副作用の被害にあった場合、国の定めた「医薬品副作用被害救済制度」の対象にはならないことを知っておく必要があります。
なお、本文で紹介した通り、子宮内膜症や子宮腺筋症に伴う生理痛のような痛みを和らげるプロゲステロン製剤だけを使う保険適用薬もありますので、興味がある人は医師に相談してみては?
更年期にはHRT(ホルモン補充療法)が保険適用
「閉経後10年以内まで」に開始するといい
女性ホルモンに影響されて起きる、もう1つの困りごとが更年期症状です。閉経が近づき、卵巣の活動が低下すると、エストロゲンの分泌が急激に減少し、自律神経系が一時的に混乱をきたし、ホットフラッシュや発汗、不眠などさまざまな更年期症状が起こります。これらの症状にも、漢方やHRT(ホルモン補充療法)が保険で使えます。更年期症状は多様なため、対処したい症状に合わせてHRTと漢方薬とを併用して治療するケースも多いといいます。
「HRTは婦人科や更年期外来などで処方されます。HRTは20年ほど前に『乳がんのリスクを上げる』と必要以上に言い立てられた時期があり、その後、後述するようにそのリスク評価は修正されました。しかし、日本では治療に積極的ではない医師が今も残っているので、なるべく処方に詳しい“女性ヘルスケア専門医”のいる医療機関を受診するといいでしょう」(小川さん)。日本女性医学学会のホームページを見ると、地域ごとの「女性ヘルスケア専門医」を探すことができます。
「乳がんのリスクについて補足すると、この20年間に世界中でさまざまな研究が行われた結果、かなり低いことが明らかになりました。例えば、生活習慣、肥満、アルコール摂取などの一般的なリスク項目に比べても、HRTによるリスクは同等またはそれ以下です。大事なのは、HRTの処方を機に、定期的に乳がんや子宮がんの検診を受けること。また、HRT処方のために婦人科を受診する機会が増えること自体が、定期的な健康状態のチェック機会にもなります」。
HRTは、どんなタイミングで始めればいいのでしょうか。「更年期症状がつらいと感じたときが、治療のタイミングです。一般的には閉経の前後10年くらいの間で、60歳ぐらいまでの期間がHRTを開始する適切な時期とされています。閉経から10年以上たった60代でHRTを始めると、動脈硬化や静脈血栓症などのリスクが高くなる可能性があるからです。症状を感じたら我慢しないで、早めに受診することが症状の早期改善につながります。一方で、HRT治療を始めた後、何歳までに治療をやめなくはいけないといった決まりはありません。すでに始めている人であれば60歳を過ぎても骨粗しょう症予防のために続けることが可能で、個人の症状や希望に合わせて医師と相談して決めるのがよいでしょう」(小川さん)。
低用量ピルより少ない量のホルモンを補って
症状を緩和し、骨や血管の病気も予防するHRT
更年期症状は、女性ホルモンが急激に減少した環境に脳や体が対応できないことで起こります。HRTは低用量ピルよりもさらに少ない量の女性ホルモンを足すことで、ホルモンの減少カーブや乱高下を緩やかにしてホットフラッシュなどの症状を緩和する治療法です。飲み薬だけでなく、おなかや太ももに塗るジェルタイプ、おなかや腰に貼るパッチタイプなどもあり、「特にホットフラッシュには切れ味よく効く人が多いです」(小川さん)。
一般的に通院頻度は、開始初期は1カ月に1度程度で、安定したら3カ月に1度程度。HRTの費用は剤型にもよりますが、1カ月当たり、1000円~2000円程度の場合が多いです。
「HRTも低用量ピルと同様に、エストロゲンとプロゲステロンを合わせた製剤です。エストロゲン製剤だけを使用すると子宮体がんリスクを上げるため、必ずプロゲステロンを併用します。治療を始めると初期は不正出血などが起こることもありますが、体が慣れてくると次第に出血は収まっていきます。実は、エストロゲンは更年期症状だけでなく、女性の体全体の健康に関わっています。ですから、エストロゲンを補うHRTは、更年期症状の緩和だけでなく、閉経後に起こりやすくなる骨粗しょう症や動脈硬化などの予防にも役立つことが分かっています。正しい薬の知識を持って、今現在の不調の対象とともに、健康寿命の延伸にも役立ててください。」(小川さん)。
HRTの効用
- 更年期症状を緩和する
- 骨密度を増加させる
- 脂質代謝や糖代謝などへ良い影響を与える
- 血管のしなやかさを保つ
- 更年期の抑うつ気分を改善する
- 性交痛を和らげる
- 皮膚のコラーゲンを増やし肌の潤いを保つ
- 大腸がんのリスクを低下させる
HRTのデメリット
- 服用初期に不正出血や乳房の張りなどのマイナートラブル
- 乳がんのリスクは小さい
(「ホルモン補充療法ガイドライン2017版」を基に作成)
福島県立医科大学医学部卒業。慶應義塾大学産婦人科を経て、2007年に東京歯科大学市川総合病院産婦人科助教、11年同講師、16年同准教授。24年4月より現職。日本産科婦人科学会産婦人科専門医、日本心身医学会心身医療専門医、日本女性心身医学会認定医などの資格を持ち、PMSや更年期などの診療にあたる。
(※内容は2024年9月取材時点のものです)