女性の不定愁訴、メンタル不調は鉄欠乏・隠れ貧血を疑って!
鉄の補充で元気になる人が続出
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「疲れやすい」「めまいがする」「足がむくみやすい」「冷え性」「イライラすることが多い」……。働く女性の多くが抱えるこのような不定愁訴の後ろには、鉄欠乏性貧血、あるいは、体内の鉄が不足した状態の“隠れ貧血”が潜んでいることが多いようです。貧血や隠れ貧血をチェックする方法とその対策について、血液内科医、総合内科専門医として長年、隠れ貧血の治療と啓発活動に取り組んできた岡田定さんに聞きました。
鉄が不足すると酸素が行き渡らず、肌状態やセロトニンなどの合成にも影響
鉄は、心身の健康の維持に欠かせない必須ミネラルです。赤血球を作るための材料になるほか、筋肉や肝臓、骨髄に貯蔵されています。
「鉄が不足すると、赤血球の中で酸素を運ぶ役割をするヘモグロビンが減って貧血になり、体中が酸素不足になります。そうすると、『疲れやすい』『坂道や階段で息切れがする』『めまいがする』『顔色が悪い』『朝起きるのがつらい』『イライラする』などの症状が生じます。このような不定愁訴は、ホルモンバランスの乱れや心身のストレスなどと片づけられてしまいがちですが、実際には、鉄欠乏性貧血、または体の中の鉄が欠乏した隠れ貧血(非貧血性鉄欠乏)が原因であることが少なくありません」と岡田さんは指摘します。
貧血は鉄が欠乏してヘモグロビン値が低下した状態、隠れ貧血は、ヘモグロビン値は正常だけれども、体の中の鉄が不足している状態です。まずは、貧血や隠れ貧血による症状が出ていないか、チェックしてみましょう。二つ以上当てはまるなら、その不定愁訴は鉄欠乏性貧血・隠れ貧血が原因である可能性があります。
鉄欠乏性貧血・隠れ貧血チェックリスト
- 疲れやすい
- いつも体がだるい
- 足がむくみやすい
- 坂道や階段で息が切れる
- めまいがする
- 顔色が悪い
- 朝起きるのがつらい
- 冷え性
- 爪が弱く、割れやすい
- イライラすることが多い
- 気分が落ち込む
- 無性に氷を食べたくなる
(取材をもとに作成。岡田さん監修)
「鉄が不足するとイライラしたり、落ち込んだりするのは、精神面の安定ややる気に関わるセロトニン、ドーパミン、ノルアドレナリンなどの神経伝達物質の合成に支障が出るからです。また、筋肉内の酸素の貯蔵と供給に関わるミオグロビンという物質の生成も滞るため、疲れやすくなったり足がむくんだり、息切れ、冷え性、めまいが起こりやすくなります。鉄とたんぱく質、ビタミンCなどから作られるコラーゲンも減少するので、皮膚のトラブルが起こりやすくシミ、シワ、抜け毛が多くなり、爪ももろくなります」と岡田さん。
氷をガリガリかじる氷食症(ひょうしょくしょう)は、専門家の間では、貧血や隠れ貧血の典型的なサインとして知られていますが、なぜ、鉄が不足すると無性に氷を食べたくなるのかは分かっていません。鉄が不足すると硬いものをかじりたくなるようで、現代のように氷が簡単に手に入らなかった時代には、米や土をかじる人がいたとの資料もあるそうです。
2人に1人が「隠れ貧血」。鉄剤の投与で症状は数週間で消失
「チェックリストにある症状に心当たりのある人はもちろん、特に症状がなくても、女性は毎月の生理による出血で、鉄欠乏性貧血や隠れ貧血になるリスクがとても高いです。閉経前の女性は、血液検査で血清ヘモグロビン値(貧血のチェック)と、貯蔵鉄の量を表すフェリチン値(隠れ貧血チェック)を確認してみて。体調が悪く貧血の疑いがある場合には保険診療で血液検査を受けられますし、職場の健康診断や人間ドックなどのオプションでフェリチン値が測れる場合もあります」と岡田さん。
血清ヘモグロビン値については、まず健康診断の結果から自分の数値を確認してみてください。成人女性の場合は12g/dL未満(成人男性で13g/dL未満)なら、貧血と診断されます。
フェリチンは体内で鉄を貯蔵するたんぱく質で、血清フェリチン値は貯蔵鉄の量をみる指標です。貧血の診療指針や診断基準を決めている一般社団法人日本鉄バイオサイエンス学会は、男女ともフェリチン値が12~25ng/mL未満なら「貯蔵鉄の減少」、12ng/mL未満なら「貯蔵鉄の枯渇」(鉄欠乏)で鉄剤による治療が必要な状態と定義しています。つまり、血清ヘモグロビン値が12g/dL以上で「貧血は異常なし」の結果でも、血清フェリチン値が25ng/mL未満なら、貯蔵鉄が不足している「隠れ貧血」なのです。そして、この「隠れ貧血」の女性の多さが、不定愁訴に悩む女性の多さにつながっています。
2023年の国民健康・栄養調査によると、日本では、20代~40代の女性の4人に1人(25.7%)が鉄欠乏性貧血です。血清フェリチン値は、2009年の国民健康・栄養調査のデータで、20~40代の女性の3人中2人(65.5%)が25ng/mL未満、2人に1人(47.8%)が14ng/mL未満の鉄欠乏状態でした(※1)。
「鉄欠乏性貧血や隠れ貧血の人に鉄剤を飲んでもらうと、何年も続いていた氷食症や体のだるさなどが、数日から数週間で消失します。『チェックリスト』で挙げたような症状を鉄不足と結びつけて考える人は少ないのですが、鉄欠乏性貧血や隠れ貧血の患者さんの多くは、鉄剤を服用して元気になると、『あんなにつらかったのは、鉄不足のせいだったのですね』とおっしゃいます」と岡田さんは話します。

貧血の人は生産性が低下し医療費は高くなる。経済損失は1兆1300億円
心身の不調の原因が鉄欠乏性貧血や隠れ貧血であるにもかかわらず、それに気づかず放置している人は少なくありません。2020年度に健康診断を受けた20歳以上の日本人男女約55万5000人のデータを基にした研究(※2)では、日本人の15.1%が鉄欠乏性貧血で、そのうち55.3%が未診断、85.3%が未治療だったと報告しています。
この研究によると、鉄欠乏性貧血の人は、そうではない人と比べて月々の医療費が1人当たり1万7766円も高く、QOL(生活の質)と生産性が低下し、その経済損失の総額は推計で年間約1兆1300億円に上ります(※2)。この試算には、隠れ貧血による影響は含んでいないため、隠れ貧血による生産性低下まで含めると、経済損失額はさらに膨らむと考えられます。
岡田さんは、こうしたQOLと生産性の低下を防ぐために、企業などができる支援策について、次のように提案します。
「企業や自治体は、20~40代の女性全員に対して、定期健康診断の血液検査でフェリチン値の測定の追加を検討していただきたい。鉄欠乏性貧血や隠れ貧血による症状は、ゆっくりと慢性的に進行するために本人も異常を認識しづらく、女性特有の不定愁訴として片付けられがちです。しかし、簡単な治療で状態が改善し、本人のQOLも職場の生産性も向上します。生理のある女性は、ヘモグロビン値とフェリチン値を定期的に検査するのが当たり前になってほしいです」
鉄の補充と食事の見直し、過多月経の治療で隠れ貧血解消を
ただし、検査については注意すべきことがあります。フェリチン値の基準値が健康診断を受ける検査機関によって異なり、女性の基準値が4~64ng/mL前後に設定されているケースが多い点です。
「健康診断の基準値は、受診者の多くが分布する値で設定されており、母集団に鉄欠乏性貧血や隠れ貧血が多く含まれている女性の基準値は低く設定される傾向があります。日本鉄バイオサイエンス学会のフェリチン値の基準値は男女共通で、25~250ng/mLです。前述のように12ng/mL未満は貯蔵鉄が足りず、鉄剤による治療が必要な状態ですが、健診施設の基準値が4~64ng/mLの施設では『問題なし』と判定されてしまいます」と岡田さんは指摘し、こう続けます。
「隠れ貧血についてはまだ知らない医師もおり、鉄欠乏性貧血であっても放置されることがあります」
ですから、貧血については女性自身が積極的に動くことも時には大切です。ヘモグロビン値やフェリチン値を確認し、鉄欠乏性貧血や隠れ貧血がある場合には、鉄剤を処方してもらえないか、かかりつけの内科や婦人科で相談してみましょう。
「よく、吐き気や腹痛などの副作用で鉄剤が服用できない人がいますが、その場合はもっと飲みやすい薬に替えることも可能です。よく使われる鉄剤はクエン酸第一鉄50㎎ですが、副作用が出て飲みづらいなら、小児用シロップ製剤である溶性ピロリン酸第二鉄シロップに変更してもらいましょう。
また、服用で数値が戻ったらすぐに処方を止めてしまう医師もいますが、体内に鉄を十分取り込むためには半年は鉄剤の服用を続けることも大切です。
医師の処方薬の鉄剤に比べると鉄の含有量が少なく自己負担額は高いものの、市販のヘム鉄サプリメントも、長く続ければ効果が期待できます」
そう語る岡田さんは、「原因を調べて対策することも大切」と強調します。ダイエットは鉄の摂取不足の大敵ですし、妊娠中は鉄の必要量が一気に増えて貧血になりやすくなります。また、経血量が多い過多月経があれば鉄の喪失が増えます。子宮筋腫、子宮内膜症、子宮内ポリープが原因のこともあるので、過多月経の場合には産婦人科を受診し、これらを治療しないと、貧血は解消しません。
食事の工夫も重要です。「日本人の食事摂取基準2025年版」では、例えば生理のある18~29歳には、食事から1日10.0㎎、生理のある30~50代には10.5㎎/日の鉄を摂取すること推奨しています。ところが、20代女性は1日6.5㎎、30代女性は6.2㎎/日、40代女性は平均6.6㎎/日しか摂取していません。生理のある女性にはよりたくさんの鉄が必要なのに、女性の多くが鉄不足なのです。
鉄には肉や魚に含まれる「ヘム鉄」と、大豆、海藻類、野菜、穀物などに含まれる「非ヘム鉄」があり、ヘム鉄は非ヘム鉄の5~10倍吸収率が高いとされます。
「ヘム鉄を多く含む牛肉など赤身の肉やレバー、カツオやマグロなど赤身の魚を意識して、毎日の食事に取り入れてください。そして過度のダイエットはしないこと。企業には、社員食堂で鉄分豊富なメニューを取り入れ、鉄欠乏性貧血や隠れ貧血の影響についてのセミナーを開くなどの対策もお願いしたい。早く見つけて早く治療を受けることで、多くの女性が不定愁訴から解放されることを願っています」(岡田さん)
- ※1厚生労働省「平成21年(2009年)国民健康栄養調査」
- ※2J Med Econ. 2023 Jan-Dec;26(1):1386-1397.
貧血や隠れ貧血から自分を守るためのチェックポイント
- 健診で「貧血異常なし」でも、一度はフェリチン値の血液検査を
- フェリチン値は日本鉄バイオサイエンス学会の基準値25~250ng/mLで見る
- 貧血や隠れ貧血なら、鉄剤を処方してもらい半年ほど継続する(サプリメントも可)
- 一般的な鉄剤が飲みにくい人は小児用のシロップ鉄剤を処方してもらう
- 子宮筋腫や子宮内膜症など過多月経の原因がないか、婦人科で一度見てもらう
- 食事からも鉄を意識して取る
- 企業は、生理のある年齢の女性にフェリチン値の血液検査の機会を作り、貧血の研修を。社食で鉄補給メニューの提供を
大阪医科大学卒業。聖路加国際病院血液内科部長、同院内科統括部長・人間ドック科部長、西崎クリニック院長などを経て、2024年より、おうちで笑顔クリニック(東京都荒川区)にて訪問診療に従事。著書に『内科医の私と患者さんの物語――血液診療のサイエンスとアート』(医学書院)、『どんな薬よりも効果のある治療法』『リモート診療』(いずれも主婦の友社)。日本内科学会総合内科専門医、日本血液学会血液指導医、日本血液学会評議員。血液内科医として、長年、鉄欠乏症と隠れ貧血の治療と啓発活動に取り組む。
(※内容は2025年5月取材時点のものです)