企業の取組事例 Case study

取締役の産業医を旗振り役に、従業員が自律的に行動する健康施策を実施

[株式会社丸井グループ]

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丸井グループは、09年と11年に2度の経営赤字を経験しました。そこで、青井浩社長が経営危機を乗り越えるために企業文化の変革を打ち出し、V字回復を果たします。その一翼を担ったのがウェルビーイング経営でした。丸井グループの産業医であり、CWO(Chief Well-being Officer)の小島玲子さんに、女性の健康課題への取り組みと、健康経営についてうかがいました。

丸井グループのCWO、小島玲子さんが登壇したオンラインセミナーのアーカイブ動画はこちら。

POINT
  • 各事業所に女性の健康課題をサポートする「ウェルネスリーダー」を配置する
  • 全社プロジェクトへの参画から、昇進昇格まで、あらゆることが“手挙げ式”で、社員の自律性を重視する
  • 産業医をCWOにすることで、健康経営を経営戦略の一つと明確にする
小島玲子さん写真
丸井グループ 取締役上席執行役員 CWO(Chief Well-being Officer) 小島玲子さん

各事業所に1人いるウェルネスリーダーが
全国各地で社員の健康推進に取り組む

丸井グループの、女性の健康への取り組みについて教えてください。

小島玲子さん(以下、小島さん)健康への取り組みについて、“手挙げ式”の、社員が自律的に行動するような制度を作っているのが特徴です。

手挙げ式とは、どのようなものでしょうか?

小島さん女性の健康課題に関する施策でまず挙げられるのは、「ウェルネスリーダー」の存在です。2013年からスタートした取り組みですが、女性特有の健康課題をサポートするために、全事業所に少なくとも1名のウェルネスリーダーがいます。年4回、就業時間中に半日集まってウェルネスリーダー会議を開いています。

どのような活動をするのですか?

小島さん年4回の会議では、女性特有の疾患やライフサイクル別の女性の健康課題など、テーマを決めて勉強会を実施しつつ、各事業所での取り組みを共有しています。

各ウェルネスリーダーは、会議での学びをそれぞれの事業所に持ち帰り、社員に共有します。また、学びを生かしつつ、独自の啓発活動にも取り組みます。ある事業所では、子宮頸(けい)がん検診を啓発するために、会議で配布した資料を社員に共有するだけでなく、自分たちで啓蒙する動画を作成したり、店舗のバックヤードに乳房モデルを置いて、乳がん予防のコーナーを設けたりするなど、独自の啓発活動をしています。

年4回の会議以外にも活動するのですか?

小島さん女性の健康に関する職場の“伝道師”として、それぞれの自主性に任せつつ、さまざまな取り組みをしてもらっています。弊社の健康診断体制の中には、一定の年齢以上の女性社員には乳がん検診、子宮頸がん検診を促すしくみがあり、ウェルネスリーダーがそのことを告知し、「受けてくださいね」と伝えてくれています。その効果もあり、一般の平均受診率よりも高い数値で受診されています。

各事業所の女性社員の健康相談の最初の対応をする場合もあります。専門家ではないので医療職へのつなぎ役になってくれています。弊社は小規模事業所が各地に点在しており、すべての事業所に常駐の医療職がいるわけではないので、抱えている健康問題を気軽に相談し、医療職へのつなぎ役になれる人が各事業所にいるのは良いことだと思います。

ウェルネスリーダーは手挙げ式なんですね。

小島さん以前から各事業所でやりたい人を募る場合が多かったのですが、今年からは完全な手挙げ制となりました。任期は4月から1年間です。年4回インプットの場があるので、自分の学びにもなると好評で、自分の健康が気になり始める40~50代の女性の立候補が多い傾向がありますが、約10年たった今は活動内容が浸透したこともあり、若い人や、男性の希望者も多いですね。

特別手当はあるのですか?

小島さん勤務時間内に業務として取り組むので、別途の手当はありません。ただ、間接的に個人の評価につながる面があります。丸井グループには、チームでの実績をみる「パフォーマンス評価」と、本人、上司同僚が、仕事への取り組み方や働く姿勢を評価する「バリュー評価」という、二つの評価軸があります。バリュー評価には、自ら手を挙げて行動する姿勢があるか、部署の壁を越えて活動し、職場に良い影響を与えているかなどを問う項目も含まれていて、ウェルネスリーダーに立候補して活動することは、バリューの評価対象となるでしょう。

ウェルビーイング推進プロジェクトでは
従業員の発案でフェムテックイベントを開催

手挙げ式では、ウェルネスリーダー以外にも、全社横断的なプロジェクトがあるそうですね。

小島さん2016年に立ち上がった「ウェルビーイング推進プロジェクト」です。ほぼ毎年、1期ごとに約1年間活動しています。2023年時点で第5期まで行いました。毎回、全社員を対象にメンバーを募り、なぜプロジェクトに参加したいかを作文にして送ってもらいます。そして、氏名や部署を伏せて複数名で審査し、メンバーを選抜します。1年目は50名の枠に約260名もの応募がありました。募集するたびに、意欲の高い社員が多いと実感するプロジェクトです。

どのような取り組みをするのですか?

小島さん第1期は、健康経営のビジョンを社員自身が考えました。第2期は、健康経営の取り組みを社員が各職場に拡げました。第3期は他の企業にも声を掛けて社外で健康経営のセミナーを開催するなど、会社の外にも目が向き、第4期はコロナ禍の地域社会を元気にする取り組み、第5期は、新宿マルイ本館で、一般のお客様向けに約1か月フェムテックのイベントを行うなど、さまざまな取り組みがありました。いずれも、メンバーが自主的に話し合い、実施しています。

社員のリテラシー向上のためにしていることはありますか?

小島さん2018年に健康マスター検定の団体受験を始め、全社員の4人に1人が自発的に受験・合格しています。また2019年に、女性の健康と特有の疾患についての知識を学べる「女性の健康検定」の団体受験を導入し、受験を推奨しています。現在までに自発的に680人程が合格しています。

セミナーの類はいろいろありますが、新卒入社3年目の社員を対象にウェルビーイング研修を行っています。性別特有の健康課題のリテラシーを早いうちに高めること、また健康のことだけでなく、キャリアの考え方やマネープランの立て方など、社会人として知っておきたい知識を得てもらうことが目的です。

ほかに、女性の健康に関する施策はありますか?

小島さん法人向けの女性の健康支援プログラム、「ルナルナ オフィス」を利用し、婦人科のオンライン診療と、必要に応じて低用量ピルの処方を、1年間、全額補助しています。

なぜ1年間限定なのですか?

小島さん導入の目的が、セルフケアの後押しだからです。社内の女性社員に生理についてのヒアリングを行った結果、重い生理を我慢している社員がいること、またその多くが、婦人科を受診していない実態がありました。「婦人科受診はハードルが高い」「低用量ピルには怖いイメージがある」といった理由からです。そこで、会社の補助で仕事をしながらでも受診しやすいオンライン診療を導入することで、婦人科受診のハードルを下げ、セルフケアのきっかけをつくっています。

健康経営は、“コスト”でなく“投資”

丸井グループが特徴的なのは、産業医の小島玲子さんが、取締役上席執行役員CWOに就任していることです。まず、CWOとは何かを教えてください。

小島さん丸井グループのCWOはChief Well-being Officerの略です。ウェルビーイングに関する社内外の取り組みを統括するのが役割です。

ウェルビーイング推進部長も兼任していますが、部長であることとCWOであることは、意味合いが違うのですか?

小島さん一つの部門の長が部長ですが、CWOは全社的な経営戦略としてのウェルビーイングを統括します。私がCWOになった2021年に、2026年3月期を最終年度とする5カ年の新中期経営計画を発表しました。その中で、サステナビリティとWell-being(ウェルビーイング)を経営目的と定めました。そして、将来世代を含む6つのステークホルダーの「しあわせ」と「利益」の重なり合いを拡げることを宣言しています。私が、部門の長であるだけでなくCWOに就任したのは、ウェルビーイングを会社全体の経営戦略として捉えていることの表れです。

CWO就任のお話は驚きましたか?

小島さん産業医として入社しており、役員になるとは思っていなかったので、そういう意味では驚きました。ですが、産業医として、企業の中で経営と健康推進はもっと統合されるべきだと従来から思っていたので、目指していた形に近づいたとも感じました。

小島さんの目指していた形とはどのようなものですか?

小島さん今回は女性の健康課題を中心にお話していますが、産業医としての私のミッションは、「健康を通じた人、組織、社会の活性化」です。すべての人たちがいきいきと、それぞれの能力を生かして働ける社会をつくること、そのために企業を通して何ができるかを考え、実行することだと思っています。

私は他の企業でも約10年間、産業医として勤めた経験があります。その中で、もっと健康を通じて人と組織の活性化ができるのではないかと考え、社会人大学院生として勉強し、2010年に医学博士号を取りました。ですから、2011年に丸井グループの産業医に着任してから3年間は、メンタルヘルス施策などをしながら、人と組織の活性化の取り組みができないかと思っていました。初年度は安全衛生委員会への出席で260回以上現場訪問して、産業医の目線で事業所の状況などをリポートにして人事部長に提出したんです。それが当時の人事担当役員の目に留まり、2012年、社長の青井と対話する場が設けられました。

そこからどのように、今の仕事につながりましたか?

小島さんその対話の場で、社長の青井から「小島先生の活動のゴールは何ですか?」と一言聞かれたときは、よくぞ聞いてくださったと思いました。私がやりたいのは、健康を通じた人と組織の活性化だとお話したら、青井から、自分も同じことを考えているので、ぜひやってほしいと言われました。その後、2014年に健康推進部(現ウェルビーイング推進部)が新設され、産業医である私が部長に就任しました。部の設立当初は私のほかに産業医が1名、保健師が1名という医療職3名の部署でしたが、全社的なプロジェクトを始めることになり2016年から一般社員も加えて、現在は7名の部署になっています。2020年にウェルネス推進部だった名称は、2022年にウェルビーイング推進部に変更しました。

従来の産業医のイメージとは違いますね。

小島さん一般的に、産業医の仕事は、体調不良の社員の就労をサポートするなど、予防やリスク対応が中心です。しかし、私は常勤産業医として、予防のみならず、医学のバックボーンを通じてより活力高く働けるサポートもできるのではないかと考え、試行錯誤しながら実践しています。

病気の予防やケアといった社員の健康施策を“コスト”と捉え、なかなか積極的になれない企業もあると思います。けれど、社員一人ひとりが主体的に、良い状態で働けると、企業全体の活力が向上し、お客さまに喜ばれるサービスにつながり、企業価値向上につながります。

丸井グループでの取り組みが、社会にも広がっていくといいですよね。

小島さん弊社は、社員だけでなく、お取引さま、お客さま、株主・投資家、地域・社会、将来世代という6つのステークスホルダーに共通する利益としあわせの重なり合いの拡大を企業ミッションとしています。また、誰もが輝ける社会にすることは、個々の企業で取り組むことではなく、社会全体の課題だと思います。自分の仕事が、そういったムーブメントにつながっていくことに意義とやりがいを感じています。

産業医のキャリアとして、ひとつの在り方を示すことにもつながればと思っています。

そんな小島さんにとって「働く女性の健康課題」とはどのようなものですか?

小島さん多様性を尊重する企業文化の“一丁目一番地”だと思います。弊社は社員の約半数が女性ですから、女性が健康問題を抱えていたら、半分がいきいきしていないということになります。また、月経や更年期といった体の問題のほかに、ワンオペ育児が問題視されるように、性別役割分担意識の偏りによる負担の大きさもあると思います。弊社では「性別役割分担意識を見直すことに共感する人の割合」も全社目標の一つに掲げています。女性がいきいきと働くための施策を考えていくことは、多様性を力に換える文化を目指す上で、基本中の基本だと思っています。

株式会社丸井グループ

事業小売事業、フィンテック事業をおこなうグループ会社の経営計画・管理など
従業員数/4,435名 女性従業員数/2,009名(2023年3月末時点)

(※内容は2023年10月取材時点のものです)