企業のメンタルヘルス対策のカギとなる精神科顧問医契約や社外リハビリ出勤のサポートなど、東京を中心とした企業向けにメンタルヘルスに関するサポート事業を行う、メンタルヘルス・リサーチ&コンサルティング。従業員数8名という小さな会社なので、実際に女性従業員の健康課題を検討しようとするとプライバシーに踏み込むことになってしまうという悩みから、従業員が自ら話しやすい雰囲気づくりに取り組み始めました。代表取締役の五十嵐南さんにお話をうかがいました。

POINT
  • 月に1回「健康会議」を開き、健康について話し合う機会を作る
  • 経営者が資格取得や学会への出席を通じて得た学びを、従業員に共有する
  • 「女性なら女性のことは分かる」と過信せず、従業員の事情をしっかりと聞く
五十嵐南さん写真
メンタルヘルス・リサーチ&コンサルティング 代表取締役 五十嵐南さん

ヘルシーなレシピの共有など、身近な話題で盛り上がる「健康会議」

メンタルヘルス・リサーチ&コンサルティングの従業員の構成を教えてください。

五十嵐 南さん(以下、五十嵐さん)経営者である私のほかに、常勤の従業員が2名、非常勤が5名の計8名で、全員が医療関係の国家資格を有しています。常勤の2名は、どちらも女性の保健師です。弊社は職場のメンタルヘルスケアを専門に、かつフィジカルも含めた契約企業の従業員の健康管理に加えて、休職された方の復職支援も行っており、対面の面談が多いことから、原則として、決められた定時の始業時間に出社する勤務になります。

全員がヘルスケアのプロなんですね。

五十嵐さんはい。そのおかげでみなさんのヘルスリテラシーが高く、現状で健康に関する大きな問題はありません。また、非常勤の医師が3名、業務のために出社します。1人は女性です。その方々に、業務の合間に余裕があれば、女性従業員の相談にも乗ってあげてほしいとお願いし、従業員には、私から医師にそのようにお願いしてあることを伝えています。実際に相談があったかは、プライバシーを守るために、あえて医師に確認はしません。

一方で、“医者の不養生”という言葉がある通り、専門家だからこそギリギリまで無理してしまうということもあるかもしれないので、経営者としては、心を配っていかなければいけないと考え、1年半ほど前から健康経営を意識しています。

五十嵐さんと常勤の女性2名は女性ですが、職場で女性の健康に関する施策を行っていますか?

五十嵐さん小さな企業にとって悩ましいのは、施策を検討することが従業員のプライバシーに直結することです。多くの女性従業員にアンケートを採り、不特定多数のニーズとして検討できる大企業と違い、小さな企業は、どのようなサポートが必要かを聞くと、結果的に個人の悩みを聞き出すことになってしまいます。

また、予算も限られますから、できるだけ従業員のニーズに合った施策を行いたいので、まずは従業員が自分から話しやすい職場づくりを心掛け、その都度、臨機応変に対応したいと考えています。

具体的にはどのようなことを行っていますか?

五十嵐さん1年半ほど前から、健康経営の一環として、月に1回、常勤の女性2人と私とで「健康会議」を行っています。それぞれの健康を意識した行動を報告して、良いアイデアをシェアするような会です。最初の頃は、何を話しましょうか……とぎこちなく、運動不足解消のために生活にウオーキングを取り入れることを提案し、その歩数の報告をしあっていました。ですが、毎月継続することで話が膨らむようになり、今は野菜を多く使ったレシピや時短レシピをシェアしたり、働きながら家事を効率的に進めるコツなどを話したりすることも多くなりました。「食後、時間を空けずに立ち上がって食器を洗うなどの家事をすると、血糖値スパイク(食後、短時間の間に血糖値が急上昇し、その後急降下する現象のこと)を起こしにくいからいいんですよ」など、さすが保健師と思うよう話も聞くことができ、ありがたいです。

また、月に1回、ヘルシーランチ会と称して、2人のリクエストを踏まえたお弁当を購入し、プライベートを含めたコミュニケーション促進の機会を設けています。

3名の女性が談笑しながらランチを食べている
ヘルシーランチ会の様子。オフィスは飲食店の多いエリアなので、おいしいお弁当もいろいろ選べる。

そのような情報共有の場を持ったことで、健康課題に関するアプローチはしやすくなりましたか?

五十嵐さん情報交換を通じて、自然な流れで気になっていることを話せる機会になっていると思います。今回、取材のお話をいただいたことをきっかけに、生理について話しました。「困っていることがあれば、会社でもできることを考えたいんだけど」と伝えたら、基本的には自分でケアできるけれど、会社に生理用品が置いてあるとうれしいという話が出ました。そこで、その場で希望のサイズなどの要望を聞いたうえで購入し、洗面所に箱を用意して常備しています。

もっと制度として取り組む必要があるのではないかと考えていたので、生理用品を置くだけで喜ばれるというのは、少し驚きました。やはり、きちんと対話することが大切ですね。

従業員からも悩み相談が出るようになりましたか?

五十嵐さん弊社は2007年に設立しましたが、今まで産休・育休を取得した従業員がいません。現在の従業員が結婚したときに、産休・育休の話をしなければいけないと考えましたが、妊娠、出産はとてもデリケートな話題なので、切り出し方を迷っていました。ですから、健康会議の自然な流れで、従業員から産休・育休について質問してくれたのがありがたかったです。そこで、従業員の休職中は派遣会社を利用することや復帰後の働き方について意見交換ができました。

「健康経営エキスパートアドバイザー」を取得し、客観的に会社を見直す

五十嵐さんは女性経営者なので、女性の健康課題にも自然に対処できると考える人も多いと思います。

五十嵐さんところが、私自身は生理で困ったこともほとんどないし、更年期症状もありませんでした。なので、同性だからといって分かったつもりになってはいけないと、自分で気を引き締める必要があると思っています。先日、女性従業員同士で、「今日は気圧がキツイね」と話していて、気圧の変化による体調不良へのケアも必要なのではないかと考えました。これも、私が経験したことのない不調で、2人の話を聞くまで意識したこともありませんでした。

経営者が従業員の健康を考えるときに、必要なことは何だと思いますか?

五十嵐さんまずは自分が学ぶことだと思います。私は公認心理師の国家資格を持っており、医療や産業保健関連の学会にも出席しています。その中で女性特有の健康問題に関する発表があった場合は、自分たちの体のケアにも役立つと考え、資料を女性従業員に共有しています。先日出席したジェンダーイノベーションに関する学会の研修会では、女性のライフステージごとの体の変化やフェムテックについての発表も聞けました。そのときに、アプリの紹介もされたので、健康会議で紹介したり、メールで内容を伝えたりしました。

また、東京商工会議所が認定する「健康経営エキスパートアドバイザー」の資格を取得しました。東京商工会議所が、健康経営に取り組む中小企業に対して、課題抽出・改善提案・計画策定等の実践支援を担う専門人材を養成する目的で設立した資格です。所定の資格を取得していることや所定の実務経験があることなど取得には条件があるのですが、私は当てはまったので、取得しました。

なぜ健康経営エキスパートアドバイザーを取得しようと考えたのですか?

五十嵐さんこの資格のおかげで、中小企業に、健康経営優良法人認定を受けるための課題抽出や改善の提案を行いやすくなると思いました。私自身は、他社へのアドバイスを行えるようになるためにも、まずは弊社の健康経営に生かすために学ぶことにし、取得しました。

資格取得で得た知識を生かしながら、弊社の健康経営を、健康優良法人認定を受けるという目線で見直し、整えています。基本的には自分で課題と改善策を考えますが、項目によっては従業員にも意見を求めています。その相談がきっかけで、従業員の提案で社内のウオーキングイベントを検討するなど、健康についてオープンに話すきっかけになっていますね。

従業員の協力もあり、2023年は「健康経営優良法人」の「中小規模法人部門」認定企業の中から、さらに上位500社に冠する「ブライト500」に選ばれました。2024年も選ばれるように努力しています。経営者として、国が考える健康経営の方向性を知ることができ、資格取得はとても役立っています。

五十嵐さんは、企業の健康経営をサポートするという事業を行っている、健康経営のプロともいえます。プロの目で、健康経営の必要性を、どのように考えますか?

五十嵐さん日本全体で生産年齢人口は減少しており、多くの企業で従業員が高齢化する傾向にあります。今後、人材不足が深刻になっていくと予想される中で、中小企業は大企業以上に人材確保が難しくなると思います。ですから、健康経営に取り組んでいることは、今後はますます企業の強みになっていくと思います。今の若い世代は、子どもの頃からワーク・ライフ・バランスという言葉がある中で育っているので、仕事とプライベートとの両立が当たり前という価値観だと感じます。「人を大事にしている会社」というのは、そのような世代からも選ばれるのではないでしょうか。

その中で、企業が女性の健康課題に取り組む意義は、どのように考えますか?

五十嵐さん「健康経営エキスパートアドバイザー」の研修教材にも女性の健康課題の項目はしっかりと入っていて、学びながら、企業の女性の健康課題への取り組みはますます必要とされ広がっていくと感じました。先日出席したジェンダーイノベーションに関する学会研修会では、女性にはライフステージごとにさまざまな課題があるという話もされていましたが、出産や育児だけでなく、更年期症状が理由で仕事が続けられず退職する女性もいると知り、女性のキャリアを考えるともったいないし、企業にとっても、活躍していた方が辞めてしまうのは大きな損失だと思いました。

一方で、私自身の経験でいうと、年齢を重ねる中で得られる経験は、仕事にも生かされていると感じています。出産や子育てをしている時期、生理や更年期による体調不良があるときに、どのように仕事と両立していくのか、それを本人の努力のみに頼るのでなく、企業がサポートできる部分はそれをしていくことが、働く女性にとっても企業にとっても大切なことだと思います。

株式会社メンタルヘルス・リサーチ&コンサルティング

業種産業医業務、精神科医による顧問医業務、保健師、公認心理師・臨床心理士らによる健康経営支援およびカウンセリング業務、休職中の従業員に対する復職支援業務 ほか
従業員数/8名 女性従業員数/4名(2023年11月時点)

(※内容は2023年11月取材時点のものです)