2002年より訪問看護を中心とした在宅医療サービスを展開しているソフィアメディ。全国88か所(24年1月現在)ある訪問看護ステーションには、看護師や理学療法士などの医療職が約1,200名勤務しており、約7割が女性です(2023年3月時点)。日々、命と向き合い、患者を尊重するあまり、自己犠牲をいとわない一面もある医療職の心身のケアを目的に、18年から取り組んでいる職場改革についてうかがいました。
- 「ケア休暇」や1時間単位で取得できる有給休暇などを盛り込んだ働き方支援制度「WOW!」を策定
- 医療職の担当体制をチーム制にすることで、体調不良や個人の事情などもサポートし合えるようにする
- スタッフの心身の状態を、月1回、パルサーベイで調査し、必要に応じて面談などのサポートを行う
ヒアリングを重ね、「生きる」を看る医療職スタッフに必要な施策を策定
ソフィアメディでは、2018年から、全国で働く医療専門職のウェルビーイング向上のための改革に着手しているそうですね。
宗 梨恵子さん(以下、宗さん)「お客様(患者)第一主義」という思いがある一方で、医療職の身体的・精神的負担が高いことへの問題意識がありました。その問題の解決は、医療の現場を支えるバックオフィス主導で改革発信をする必要があると考え、多様な社員にも適用しうる人事施策の検討を始めたのが18年でした。
弊社は、在宅医療が必要な方々の病気だけでなく「生きる」も看ることを理念として掲げていますが、人事部としては、それを提供する医療職が生き生きと働くことができないと、お客様にいい医療が提供できないと考えました。ソフィアメディの医療職は病院などでの経験を積んでから転職してくるので、結婚や出産などのライフイベントを迎える年代のスタッフが多いのです。そこで、スタッフが安心して今後のライフステージに合わせた働き方ができサポートが受けられる体制を整えるためにスタートしたのが、働き方支援策「WOW!(Work for Our Wonderful life!)」です。18年12月に第1弾として10の施策をパッケージしてスタートし、20年に第2弾として6の施策を追加しました。現在は、より使いやすい形にブラッシュアップするなど、第3弾に向けて検討を進めています。
策定はどのように行ったのですか?
宗さん実際に訪問看護で日々お客様と向き合う医療職スタッフにヒアリングを行い、働く環境への意見や悩みをもとに、必要な施策を考えました。「医療職スタッフに特化した制度」「産前(orマタニティ等)や育児中の方を支える制度」「すべての人の生活を応援する制度」「すべての人のキャリアを支援する制度」という四つのカテゴリーがあり、休暇制度や育児支援策、LGBTQ支援、復職制度など、働くスタッフ自身の「生きる」も支えるさまざまな制度をパッケージしています。
このときに、マタニティ制服も作り、貸与を始めました。それまでは、通常の制服がきつくなってきたら、自分で制服の色に近いマタニティズボンを用意するなどの対処をしていただいていたのですが、ウエストがゴムで伸びるようになっていたり、トップスがお腹のふくらみを隠すようになっていたりするデザインの制服を用意しました。
「WOW!」の中には、女性の健康課題に関する施策も盛り込まれているのでしょうか。
宗さん「子の看護休暇」「介護休暇」「生理休暇」を総称して「ケア休暇」と呼ぶ制度を盛り込み、生理休暇は心理的に申請しづらいという声に応えています。
また、有給休暇を1時間単位で取得できるようにしました。これは、キャンセルなどで急に空いてしまう時間を有効活用したいという声に応えたもので、上長に許可を得れば、「今から1時間休みます」と、急な申請でも取得が可能です。そのような時間を、家事をしたり役所での手続きに行ったりと活用する方もいますし、体調不良や疲労を感じるときのリフレッシュなどにも利用されています。生理時の不調の際に、時間単位の有休を使いながら仕事と両立している人もいます。
まだ更年期症状への対策はしていないのですが、該当する年代の従業員が多いので、今後の課題として取り組みたいと考えています。
施策を周知するために取り組んでいることはありますか?
宗さん「WOW!」をスタートした当初は、1人の新人看護師が入社してからどのような場面でどの制度を使うかを説明するストーリー仕立ての小冊子を作り、各訪問看護ステーションに置きました。また、人事部のメンバーが、可能な限り多くの拠点を回り、制度を説明しました。
現在は、スタッフ1人に1台の業務用タブレットが支給されていますので、「WOW!」については、冊子でなくオンラインで確認できるようになっています。また、入社時の研修でも制度について説明し、利用してもらえるように努めています。
制度が整っていても、お客様が待っていると思うと、実際には休めないのではないでしょうか。
宗さん19年から、365日24時間体制のサービス提供への切り替えをスタートしました。最初は一部地域の訪問看護ステーションだけでしたが、全国すべてのステーションでの同サービスの提供を目標に、移行を続けています。
そのサービス提供開始の際に、医療職の勤務体制として「チーム制」を導入しています。それまでは、お客様は原則1人が担当していましたが、3人1チームなどでお客様を担当します。これは、複数名でお客様への最適なケアの検討と提供ができる体制であり、また、ローテーションで担当している夜間のオンコール(緊急出勤等の対応)時にもスムーズな連携を可能にしますが、同時に、医療職にとっても体調不良など休みが必要な事情ができたときにチーム内で調整しやすくなりました。まだ一部の拠点では対応はできていませんが、すべての拠点でチーム制を導入できるように、会社として取り組んでいます。
弊社の行動指針となる「5Spirits」の一つが「仲間を認め、おせっかい、お人好しの精神で支え合う。」です。主任たちには、体調不良などの際にはチームで共有したり管理者に相談したりすることを会社としても大切にしているとスタッフに伝えてもらい、助け合える風土づくりを心掛けています。
宮地麻美さん(以下、宮地さん)中重度の症状のお客様を継続してサポートするために24時間365日稼働のステーションに移行し始めたこともあり、夕礼を積極的に行うステーションも増えてきました。そこで気になるお客様の状況や対応時の注意点など、均一した対応がどのスタッフでもできるよう情報共有に努めています。また、スタッフ間の雑談が多いとヒヤリハット(重大な事故につながる一歩手前の出来事)などのミスが減るという文献が発表されていることを知り、雑談の中の対話も大切にしています。そこでスタッフの体調や困りごとなどを共有することで自然と支え合うことができ、心理的安全性を担保していると実感しています。
医療職が生き生きと働ける職場環境づくりで、定職率向上を目指す
宮地さんは、看護師として訪問看護の現場勤務をされた経験から、従業員である看護師の幸福度を上げたいと希望し、バックオフィスの仕事に就かれたそうですね。
宮地さん弊社では、22年にスタッフの健康や幸福感の向上を目的とした専門部署「ウェルビーイング推進グループ」が立ち上がりました。その数年前、私が訪問看護ステーションに勤務しているときに受けた研修で、「頑張っている看護師を応援したい。看護師自身の人生も大切にできる会社にしたい」と提案しました。その後、社内でES(従業員満足度)を高めるという課題解決のための分科会に参加し、ウェルビーイング推進グループの立ち上げに参画することになりました。
訪問看護の現場に携わるスタッフの方の健康や幸福感の向上に必要なこととは、どのようなことでしょうか?
宮地さんありのままの自分が尊重されること、心理的安全性が確保されることだと思います。
病院の看護師には横や縦のつながりがあって、自信がないときにはすぐに他の看護師に聞いたり、医師に相談できたりします。また、内科、外科、小児科など標榜科ごとの看護をします。けれど、訪問看護は、新生児期から老年期まで、疾患も多種多様となるうえに、お客様のお宅に1人で入り、医師も他の看護師もいない中、自分で判断することも多く、責任を重く感じます。それまで従事していたのは小児科だとしても、高齢者の看護をすることもあれば、終末期の看護を担当することもあります。
そのため、病院に勤めていたときは医師の指示のもとバリバリ動いていた方が、訪問看護の場に入る最初の頃には、思ったほど自分で判断しきれない、動けないといったギャップに直面することがよくあります。「本当にこれでいいのか」と常に不安を抱えたり、無力感を感じたりすることも多く、特に入社後1年未満は、“リアリティショック”(理想と現実とのギャップ)で辞めたくなる人が多いんです。そういったことへのケアが大切だと思います。
具体的にはどのようなことをしていますか?
宮地さん入社直後も安心して働けるように、入社1年未満のスタッフを対象に、入社2か月目の研修、ウェルビーイング推進グループからの定期的なフォローメール、希望者には個別の面談やチャット、電話で心理面のサポートを行っています。また、世界約100か国で働きがいに関する調査・分析を行う専門機関Great Place To Workが提唱する「働きがいのある職場アンケート」の構成要素の中から、特に「誇り」「連帯感」に着目し、その向上に取り組んでいます。
「誇り」については、毎月1人のスタッフを取り上げ、お客様との間に実際にあったエピソードを、物語仕立てにして全従業員に共有する「生きるを看る物語り」という取り組みをしています。該当するようなスタッフのエピソードを各訪問看護ステーションから募り、ウェルビーイング推進グループで選んで、その人に1時間くらいインタビューさせてもらいます。それを、私たちがストーリーとしてまとめて、月1回、全従業員が参加するオンライン会議で共有します。そこでその経験を聴いている社員が共有し、自身のことと照らし合わせて考えたり経験として取り込んだりしてもらいます。本人にも、最後にコメントをもらうことで、訪問看護で看護をする意味を再認識する機会にしています。
「連帯感」については、22年からスタートした「ありがとうコメントメール」が該当します。これは、感謝を伝えたいスタッフへのメッセージを集め、事業所ごとにその上長に届け、上長からコメントを発信してもらい、ありがとうを循環させられるように設計しています。また、「ウェルビーイング賞」という表彰制度を作り、スタッフ同士の関係性を深める優れた施策を行った事業所を表彰しています。
従業員の職場への満足度を、定期的に計測しているそうですね。
宮地さんはい。20年からパルスサーベイという、スタッフのコンディションを知るためのアンケートツールを導入し、月に一度、調査しています。体調や人間関係、働きがいなどについて聞く4つの設問に、自由意見もできる簡単なものですが、低い評価を付けたスタッフには面談を実施するなど、状況を把握するようにしています。
ウェルビーイング推進グループの取り組みを始めてからは、自由回答欄に「このような取り組みを検討してほしい」などの提案をいただくこともあり、アンケートツールというだけでなく、各拠点とバックオフィスとのコミュニケーションの場にもなっています。
宗さんパルスサーベイで分かる回答者全体の満足度などの数値から、研修や施策などの効果を判断したり、数値が下がった部分について新しい取り組みを検討したりもしています。
訪問看護の現場では、人材確保は重大な課題ですね。
宗さん厚生労働省が令和元年に2025年に日本で必要な訪問看護師数は約12万人と発表(厚生労働省:令和元年「医療従事者の需要に関する検討会・看護職員受給分科会中間まとめ」より)しましたが、2020年時点で訪問看護師数は約6万人(厚生労働省:令和2年「衛生行政報告例(就業医療関係者)の概要」より)と、深刻な人材不足を抱えています。そういった中で、弊社では、医療職が生き生きと働ける職場づくりによって、定着率を向上させたいと考えています。
宮地さん訪問看護の大変な部分が強調されがちですが、お客様一人一人とそのご家族にじっくりと寄り添える、とてもやりがいのある仕事です。今は在宅での治療を望む方も多く、特に増えているのが終末期の看護です。医師と連携しながら看取りもさせていただく看護師は、とても重要な存在であり、看護師としての働きがいにつながっているところでもあります。
会社として、医療職の方々の心身やライフプランへの不安や悩みを取り除き、本来感じられるはずのやりがいをしっかりと感じながら、力を発揮できる体制を整えていくこと。それが、在宅での医療を望むお客様すべての安心と安全につながると思います。
事業指定訪問看護ステーションの運営、リハビリ重視型デイサービスの運営、居宅介護支援事業所の運営、健康観察事業、在宅治験(DCT)事業
従業員数/1,598名 女性従業員数/1,149名(2023年3月現在)
(※内容は2024年1月取材時点のものです)