幅広い目的で使える「ファミリー休暇」制度を策定。不妊・不育症治療をサポート
バーコード関連のプリンターやハンドラベラーの製造・販売を主な事業とするNISHI SATO。2011年に創業者の父親から事業を継承した社長の横川みどりさんは、会社を拡大し、女性従業員の増加に伴い、不妊・不育症治療にも活用できる「ファミリー休暇」を導入するなど、社員の心と体が疲弊しないようなサポート制度を導入しています。そうした施策を始めた理由などをうかがいました。
- 不妊・不育症治療にも活用できる有給休暇制度「ファミリー休暇」を導入
- 東京都の助成などを活用し、制度の導入や“名もなき制度”の明文化を行う
- 社内のコミュニケーションを活性化させ、お互いが声を掛け合える風土をつくる

「学校行事休暇」から不妊治療にも使える「ファミリー休暇」に変更
21年9月に、不妊や不育症治療休暇を取得できる制度を導入されています。きっかけを教えてください。
横川みどりさん(以下、横川さん)今から30年ほど前、私自身が不妊に悩んでいました。当時は、不妊治療という言葉すら社会に浸透しておらず、弊社の創業社長である父に話しても理解されず、夫を説得するのにも2年かかりました。最終的に、不妊治療の通院を始めたのとほぼ同時に自然妊娠しましたが、悩んでいる時期のつらさや、周りから理解されないこと、親せきや友人から「子どもはまだ?」と聞かれることのつらさは、ずっと心に残っていました。高額な費用や治療の苦しさは、治療を始める前から不安にもなりました。
経営者になったとき、自分の経験から、会社として不妊治療に理解を示し、サポートしたいと強く思い、制度の導入を考えました。
不妊治療に関する制度ですが、休暇の名前は「ファミリー休暇」なんですね。
横川さん不妊や不育症の治療だけでなく、介護や看護など家族に関する全般を対象としました。家族には、ペットも含んでいます。介護や看護だけでなく、平日に子どもを遊びに連れて行くという目的でも構いません。「家族=自分」と解釈してもいいことにしました。体調不良はもちろん、コンサートに行くなど自分が元気になるような推し活に活用してくれてもいい。立場の違う人たちが、さまざまな理由で休暇を申請できるようにすれば不公平感がなくなります。
年6日までは年次有給休暇とは別で取得できる有給休暇です。心身ともに負担が大きい不妊・不育症治療の場合は、さらに年5日ずつプラスして取得できるようにしています。いずれも、時間単位での取得も可能ですから、使用目的を細かく聞いていませんが、生理に関する不調でも利用されていると思います。
不妊や不育症治療の場合は日数が違うということは、申請時には取得事由の申告が必要ということでしょうか?
横川さんいいえ。不妊や不育症治療だけでなく、すべてにおいて、取得の理由を会社に報告する必要はなく、「ファミリー休暇」と申請するのみで構いません。せっかく休暇制度をつくったのに、申請時の心理的ハードルが高くて活用されないのであれば、意味がありませんから。
日数については、実際は必要があれば増えてもいいと思っているので、理由とつき合わせて上限を超えているかを確認もしていません。本当に必要な休みについては個別の相談に応じ、制限を超えて休んでもらっています。「日数制限なく、いくらでもどうぞ」とすると、深刻な理由がないと休みづらいとのことだったので、便宜上の日数制限を設けました。年6日とすることで、推し活でも休める気楽さが生まれています。
「ファミリー休暇」を利用して不妊治療した事例はありますか?
横川さんはい。その従業員は、不妊治療がつらいだけでなく、妊娠後も切迫早産の危険があり大変な思いをしていましたが、無事に出産しました。育児休業から復帰する従業員は、私と1on1の面談を行い、復帰後の働き方などを話し合いますが、彼女はその面談で、「働きながら不妊治療をすることに悩んでいる人はたくさんいると思うので、私の体験が役に立つなら、インタビューなどにも協力します」と話してくれました。そんな言葉が出てくると思わなかったので、涙が出るほどうれしかったです。
「ファミリー休暇」は、もともとは子どもの学校行事のときに休むための休暇制度だったそうですね。
横川さん事業を継承する前は、経営者である父のもとで従業員として働いていましたが、仕事を休んでまで子どもの学校行事に参加することはできませんでした。私が会社を継いだときに、従業員には仕事よりも学校行事を優先してほしいと思い、中学生までの子どもを持つ従業員を対象に、有給休暇とは別に、子ども1人あたり年2日取得できる「学校行事休暇」を作りました。その制度を、21年に拡大し、「ファミリー休暇」としました。
東京都の「働く人のチャイルドプランサポート制度整備奨励金」を利用したと聞きました。
横川さんはい。不妊治療や不育症治療と仕事を両立できるように、相談体制や休暇体制などを整備する企業に支給された奨励金です。ずっと取り組みたいと考えていた施策なので、一つのきっかけになりました。応募のために取り組むべき事項には休暇制度の整備だけでなく社内説明会の実施などいくつかの項目がありましたが、それらに従い講習を行うことで、社内での理解が深まりました。
学校行事休暇は子どもがいる人しか対象にできませんでしたが、不妊治療や不育症治療の休暇も導入するにあたり、細かい事由に対応して個別の休暇を増やすのではなく、すべてを含むような休暇制度にしようと考え「ファミリー休暇」に変更しました。
社内ヨガ教室は就業時間に実施。参加しても「勤務中」扱いに
22年に設立した「ハート事業部」について教えてください。
黒瀬由美さん(以下、黒瀬さん)従業員の心身の健康や家庭と仕事の両立などに取り組むほか、中小企業として当社が地域のためにできるさまざまな取り組みを行う事業部です。「愛のある事業部」ということで、「ハート事業部」と名付けました。私が秘書業務と兼任して常任していますが、それ以外は取り組みごとに従業員を替えて、一つの取り組みを2~3名で担当しています。
横川さん私が社長に就任したとき、事業全体の“1割”だけは、利益を考えず、私が良いと思うことをしたいと考えていました。それを実現した部署です。社外向けには、会社がある東京都立川市を代表するようなお土産を企画して制作するなど、地域活性化につながる活動をしています。社内向けには、従業員のリフレッシュになるような社内イベントを企画し、開催しています。
いずれも、まったく利益を考えていないわけではありません。スタート時点は赤字でも、将来的に利益を生むとか、会社の価値向上につながるとか、未来への投資と思える取り組みをしています。目の前の利益だけ追究していては、弊社のような中小企業は、何かあったときにすぐに苦しくなってしまいます。経営者は、先を見据えて投資する必要があると思います。
従業員の健康課題についての、具体的な取り組みを教えてください。
横川さんヨガ教室を、従業員が講師となり会社の多目的ルームで行っています。ヨガの講師は、弊社の1階にある企業主導型保育所の園長です。趣味でヨガを続けていると聞き、会社の経費で講師資格の取得をお願いしました。本人も資格取得を考えていたそうで、喜んで取得してくれました。レッスンに行く時間も、就業時間扱いにしました。今は、園長業務を優先しつつ、手が空く時間を使ってレッスンしてもらっています。社内ヨガ教室は就業時間中に開催していますが、従業員は、ヨガ教室に参加している時間も勤務扱いになります。ヨガの時間に会社が空っぽになってしまわないように、従業員同士で声を掛け合い、調整して参加してくれています。
この勤務中の社内ヨガ教室は、21年にスポーツ庁から、生活の中に導入してスポーツ人口拡大につなげた人や団体を表彰する「Sport in Life Award」の優秀賞として表彰されました。
そのほか、パティシエによるお菓子教室やフリーマーケットなど、社員が楽しめる行事をハート事業部が実施しています。
黒瀬さんが企画を考えるのですか?
横川さん黒瀬はもちろん、従業員も一緒に企画を考えてくれています。私がいろいろ思いつき、やってみよう!となるほうなのですが、すべてを自分で形にするのには時間も足りないので、黒瀬の存在が本当に助かっています。企画を立てるだけでなく、それを社内外に広報したり、助成金を申請できそうな施策を見つけたら書類を整えて申請したり、一つの施策が最大限の効果をあげるように日々取り組んでくれています。
助成金を上手に利用しているんですね。どのように探すのですか?
黒瀬さん定期的に東京都や東京商工会議所のホームページを見て、募集の告知がされていないかチェックしています。以前は横川が行っていましたが、経営に専念してもらうために、今は私が担当しています。
例えば、東京商工会議所の専門家派遣制度は、職場における健康づくりやがん対策等について具体的な「取組支援」を希望する企業に、無料で専門家(健康経営エキスパートアドバイザーの認定を受けた、中小企業診断士、社会保険労務士、保健師など)を派遣してくれる制度で、弊社で社会保険労務士の方をお願いしました。中小企業向けのサポート制度は、探すとたくさんあります。
横川さんお金をいただけるだけでなく、申請条件を満たすために社内制度を見直すきっかけになるのもいいですね。弊社には“名もなき制度”がたくさんあるのですが、どのようにすれば会社の制度として明文化できるのか、勉強になります。申請条件に社内の勉強会や研修が条件になることも多く、従業員のリテラシー向上にもつながります。
企業主導型保育所について教えてください。
横川さん政府による企業主導型保育所の助成金制度を活用して19年3月に企業主導型保育所を設立しました。本社の1階につくることで、従業員の育児をサポートすることが目的です。私は前職が保育士で、保育士免許を持っているので、22年度まで園長も務めました。23年度からは、園長も新しく採用しています。弊社の従業員は、保育園で働く保育士も含め、希望者は全員、入園させることができます。園に設置した見守りモニターで、会社から保育所の様子を見ることができますし、子どもが体調不良などの場合は内線で連絡が入りますから、すぐに駆け付けられます。勤務時間内でも授乳に行かれますから、授乳中でも安心して育休から復帰してもらえます。
弊社のような小さな企業が若い人材を確保するためにも、子育て層へのアプローチは重要でした。実際に、保育所併設後は従業員を募集すると以前よりも応募者が多く、20代が増えています。現在は女性従業員比率が98%ですが、その一因にもなっています。

女性従業員の健康や働きやすさに配慮することは、会社にとって、どのような意味を持ちますか?
横川さん私自身、仕事と子育ての両立がストレスとなった時期に体調を崩した経験があり、病気は、なってしまう前に防ぐことが大切だと思っています。弊社は子育て中の女性従業員が多いので、家に帰っても、自分をいたわる時間がなかなか取れません。ですから、会社にいる時間にリフレッシュできるような活動ができれば、心身共に健康に働いてもらえると思いました。それが弊社の強みとなって、離職率の低下や、人材不足の世の中において人材確保にもつながると考えています。また、社内の取り組みを取材していただくなど、企業の広報効果も実感しています。
社内での効果実感もありますか?
横川さん会社への信頼につながっていると思います。コロナ禍で売り上げが激減したのですが、そんなときでも大幅な離職はありませんでした。それは、働きやすくするためのサポートや取り組みを地道に続けたことによって、従業員が会社を信じてくれたからだと思っています。信頼は1日で獲得できません。そうした意味でも、従業員が働きやすさを実感しやすい健康経営はとても大切で、企業が力を入れるべき分野だと思っています。
社員の健康に関して、今後取り組みたいことはありますか?
横川さん最近、生理や更年期に関する企業のサポートをよく耳にします。今までは従業員から困っているという声は聞いていないので取り組んできませんでしたが、生理痛や更年期症状のときには「ファミリー休暇」を利用しているだけで、実際にはそのような従業員がいるかもしれません。私自身が更年期症状を感じるようになり、それが意識にのぼるようになりました。今後、生理や更年期症状がつらそうな従業員が増えていると感じるようになったら、サポート策を講じようと考えています。
ただ、「生理休暇が何日取れる」といった制度づくり以上に、普段からのコミュニケーションを大切にし、当事者が相談しやすく、お互いが体調不良を察して声を掛け合えるような社内環境づくりに力を注ぎたいですね。それが、健康経営の基本だと思っています。
事業ハンドラベラー・自動認識ソリューション事業、保育事業
従業員数/41名 女性従業員数/38名(2024年1月現在)
(※内容は2024年1月取材時点のものです)