大手の広告会社や企業などを主な取引先として、印刷関連事業を行う浅野製版所は、この10年の間で、常態化していた長時間労働などの働き方を見直し、離職率が高かった状況を大幅に改善しました。現在は、女性従業員への健康支援策にも力を入れ、「人が辞めない会社とはどんな会社なのか」を追求し続けています。同社健康経営推進チームに、女性の健康に関する施策を進めた経緯や方法をうかがいました。

POINT
  • 中小企業4社合同で、生理・PMSや更年期の勉強会を実施した
  • 「女性の健康かるた」をつくり、男性従業員も交えてイベントを行い、女性の健康に関する理解を深めた
  • 女性従業員の定期健診の項目に甲状腺ホルモンの検査を追加した
新佐絵吏さん・鈴木道子さん写真
右から、浅野製版所 事業開発部 部長 兼 健康経営推進チーム 産業カウンセラー 健康経営エキスパートアドバイザー 新佐絵吏さん、事業開発部 事業開発課 主任 兼 健康経営推進チーム 健康経営アドバイザー 鈴木道子さん

4社合同で行うことで、女性に特化した研修の“コストパフォーマンス”を上げる

健康経営に着手する中で、女性従業員の健康課題にも積極的に取り組んでいるそうですね。

新佐絵吏さん(以下、新佐さん)女性の健康課題の重要性を意識し始めたのは、2018年に経済産業省の方から「生理痛やPMS、更年期症状が女性活躍を阻む一因になる」という話を聞いたことでした。それまでも、「調子が悪いので休みます」と当日に欠勤を申し出る女性が多く、生理痛がつらいのかな、と思ってはいましたが、それは仕方がないことだと問題視していなかったのです。ですが、その頃、生理やPMSなどが社会的に話題になり始めたこともあり、会社として何か対策を考えるべきだと思うようになりました。

どのようなことから始めましたか?

新佐さん頭で考えても思いつく施策は生理用品を女性トイレに常備するくらいで、従業員がどのようなことで悩んでいるのか、何を必要としているのかといった課題の本質が見えず、実際に取り組むまでには2年ほどかかりました。

最初に行ったのは、女性の健康の基礎知識に関する研修です。20年に、セミナー登壇をご一緒した東京労災病院にお願いし、「生理期間やPMSの症状」「症状を抑えるための食生活」などをテーマにして、女性従業員を対象に行いました。

さらに、中小企業を対象にした、健康経営優良法人ブライト500認定を取得している企業4社の健康経営担当者で、健康経営に関する勉強会を始めました。女性従業員が少ない業界や中小企業にとって、女性の健康課題に特化した取り組みは、労力の割にコストパフォーマンスが良くないと、なかなか着手できません。そこで、4社合同で女性の健康に関する勉強会を実施することで、コスパを高めました。

研修の内容を教えてください。

新佐さん4社の代表で勉強会の内容を話し合う中で、市販の「生理カルタ」で生理の知識を学ぶアイデアが出ました。ただ、生理だけでなく更年期症状など幅広い知識を学べるようにしたかったので、「女性従業員みんなで、かるたを作ればいいのではないか」と、かるたを作るためのオンラインのワークショップを開くことにしたのです。

具体的にどのように進めたのでしょうか。

新佐さん以前お世話になった東京労災病院の管理栄養士による生理・PMSと更年期に関する講義の後、4社合わせて約40名の女性従業員を七つのグループに分けて、ワークショップを行いました。それぞれのグループには、できるだけ年代も会社もバラバラの女性が集まるようにしました。フリートークで、健康に関して日々思っていることを話し合ってもらいました。その結果、「生理のときはしんどい」「おなかがすくし、太る」「更年期症状で汗が止まらない」といった会話が生まれ、「つらいのは自分だけではない」という共感や、「自分にはない痛みだな」「更年期ってそんな症状なんだ」といった気づきを得られる機会になりました。

その後、グループごとに女性の健康をテーマにしたかるた作りに取り組みました。【あ~ん】までの1音を、それぞれ参加者に割り当て、読み札と絵札を作り、その場で発表し合いました。最後に4社分まとめて、50音のかるたにしたんです。

かるた。「そ」の取り札と、「あ」「え」「そ」の読み札が置いてある。読み札の内容は「あせ光る ホットフラッシュ 今は冬」「えげつない 生理前の 食欲が」「その怒り 実は 更年期障害か?」
実際に制作されたかるた。左のA4の大判サイズは、イベントなどで床に広げて使える。

サイズ違いがあったり、イラストが描かれていたり、面白いですね。

鈴木道子さん(以下、鈴木さん)絵札は、参加者が描いたイラストをもとに、弊社のイラストレーターの女性が描きました。それを、大小で印刷してかるたにし、参加した4社にプレゼントしました。弊社では、男性従業員に体験してもらったり、健康経営を学びに来た大学生向けに遊びながら学ぶ社内イベントを実施したりしました。あくまでも女性従業員が実体験をもとに作っているので、エビデンスを取っていないものも混じっていますが、大きな声で「汗ひかる ホットフラッシュ 今は冬」などと読み上げるだけでも、「女性はこうした症状があって、こんなつらい思いをしているんだな」ということを、男女ともに共有できました。

鈴木さん自身は、勉強会に参加して、どのような感想を持ちましたか?

鈴木さん30代の私は「ホットフラッシュ」という言葉も知らなかったので、ワークショップで年代が異なる女性と話し、「こんな症状があるんだ」「更年期症状が現れたら婦人科に行けばいいんだ」といった気づきになりました。

かるたのイベントに参加した男性従業員や大学生からは、どのような声が上がりましたか。

鈴木さん「更年期という言葉は知っていたけれど、こんな症状があるなんて知らなかった」などの感想が出ました。楽しみながら、生理やPMS、更年期への理解が深まったと思います。ただ、大学生向けのイベントの際は、勝負に熱くなりすぎて冒頭の文字だけで札を取られて、書かれた内容を最後まで聞いてもらえない句もありました。男子学生からは、「自分たちが五七五を読み上げて、女性が取るほうがよかったのではないか」という意見が出たので、次回はその方法でやってみたいです。

かるた以外に、今後の施策として予定していることはありますか?

鈴木さん女性の健康マンガを製作中です。漫画は分かりやすく、読んでもらいやすいので、女性従業員だけでなく男性従業員やその家族にも配布しようと考えています。また最近では、トイレをきれいに改装して生理用品も常備するようにしました。

健康診断の項目に甲状腺ホルモンの検査を追加

女性の健康診断には、子宮頸がんと乳がん検診のほかに、23年から新しい項目を追加したそうですね。

新佐さん女性従業員の健康診断の際に、甲状腺ホルモンの検査を追加しました。女性は甲状腺疾患になりやすいけれど、うつや更年期に似た症状が現れるため、勘違いしたままその治療を続けてしまい、気づかないまま甲状腺疾患が悪化するケースがあると聞いたことがきっかけです。健康診断で実施する採血の検査項目に、女性には甲状腺ホルモンの検査を入れるように依頼するだけで、従業員に追加の負荷がかかることはないと知り、女性の健診の必須項目にしました。実際に、1人に甲状腺疾患が見つかり、治療につなげることができました。

検査項目を追加しただけでなく、勉強会も行ったと聞きました。

新佐さん検診結果が届いた後に、製薬会社の協力のもと、甲状腺ホルモンに関する研修を行いました。こちらは女性従業員だけでなく、男性も含めた全従業員に参加してもらい、検診結果の数値の見方を説明してもらいながら、甲状腺の病気について知識を得る機会にしました。

御社の女性の健康支援策は、いつから積極的に取り組むことになったのでしょうか。

新佐さん14年から女性従業員の採用が増えて、今は全体の約4割になりました。以前は結婚前に辞めてしまう女性が多かったのですが、18年頃から産休・育休を経て復帰し、子育てしながら働き続ける女性従業員が増え始めました。その頃から、ライフスタイルの変化があっても安心して長く働き続けられるように、女性の健康課題について支援していかなければならないと考え始め、継続的に取り組んでいます。

結婚前に辞める女性が多かったのは、労働環境の問題でしょうか?

新佐さんそうですね。私が弊社に転職してきた12年当時は、長時間勤務などの過重労働による従業員のメンタルヘルス不全が深刻な問題となっていました。取引先の大半が広告会社で短納期の依頼も多く、長時間労働や深夜残業が常態化し、退職する従業員が後を絶ちませんでした。

私は前々職でメンタルケアの担当をしていたことがあり、激務によるうつから自死を選ぶケースをいくつも見ていました。それをきっかけに「いい会社とは何だろう」と考えるようになり、産業カウンセラーの資格を取得して学んでいます。12年に弊社に人事職として転職したのですが、ふたを開けると毎月退職者が出るという、想像以上の離職率に驚きました。健康経営やライフ・ワーク・バランスを推進していくと、「この会社で働きたいけれど、うつ症状で働けない」「病気に罹患(りかん)しても会社を辞めたくない」という人も増えていき、そうした方たちへの対応が必要だと思いました。

まず何から取り組みましたか?

新佐さん現状を把握し、課題を見つけるために全従業員と面談しました。すると、長時間労働の常態化でみんなが疲弊しており、従業員同士のコミュニケーションもおろそかになっている実態が分かりました。若手を教育する余裕がなく、新入社員が、多忙なうえに誰にも相談できないまま一人で抱え込んでしまい、メンタルの不調から離職につながるという負のスパイラルができていたのです。

負のスパイラルを断ち切るために、どんなことをしましたか?

新佐さんまずは長時間労働していた従業員に、1日の勤務時間を「見える化」してもらいました。その内容を一人ひとりにヒアリングして確認し、非効率な働き方をしなくてすむように社内のシステムをクラウド化したり、指示を出す立場の人が抱えていた仕事の一部を別の人にお願いして仕事がスムーズに回るようにしたり、効率化することで残業時間を減らしていきました。そういった小さな見直しの積み重ねで、10年かけて、「早く帰ることが当たり前」の企業文化にしていきました。

数字で見ると、13年と22年では、残業時間は全従業員トータルで78%減少しています。会社としての取り組みだけでなく、社会の流れで取引先でも長時間労働の見直しが進み、無理のない進行をこちらから相談できるようになったことも大きかったです。

長時間労働の見直しが、どのように健康経営につながりましたか?

新佐さん私は以前の会社で、うつで休職した従業員の復職支援をした経験があったので、弊社でも同様に行いましたが、1人を復職させるのでも本当に大変です。ですから、不調にならないようにケアすることが重要だと考えました。

ソファベッド、テーブル、ソファのある休憩室
休憩室には、平らにして横になれるソファベッドが置かれている。

健康経営を軸とした「働きやすい職場づくり」は、どのような効用がありましたか?

新佐さん21年に実施した従業員へのアンケート結果からは、「何かあっても会社が素早く動いて助けてくれる」「会社のために貢献したい」「この会社で管理職になりたい」といった声を聞くことができ、ワークエンゲージメントが上昇したと思います。従業員から「親にもまだ伝えていないのですが……」と、病気に罹患したことを最初に私たちに伝えてくれたこともありました。「復帰できるまで頑張って治療します」と言ってくれて、今では元気に働いています。センシティブな内容を最初に伝えてくれるということは、従業員の健康支援のために地道に活動し続けてきたことが、「病気になっても、この会社は自分を見捨てない」といった信頼や安心につながったのだと思っています。

健康への取り組みは、女性活躍推進にもつながっているそうですね。

新佐さん大企業だと、多少、労働環境が悪くても会社を辞めるという選択肢をする人は少ないと思います。その結果、うつ病などの精神疾患で休職する従業員が多くなるという問題を抱えています。弊社のような中小企業は、実はうつになる人は少ないんです。なぜかというと、そうなる前に転職してしまうからです。ですから、職場環境を整えることは、離職率を下げ、会社を安定的に成長させるのに重要です。

働き方の見直しと健康に関する取り組みにより、離職率が大幅に改善しました。それに伴い、キャリアを積んで、管理職を担う女性が増えています。弊社の女性従業員の割合は約4割とお伝えしましたが、実は管理職に占める女性の割合は約7割なんです。優秀な女性が、積極的に弊社で働き続けることを選んでくれていると実感しています。

  • 赤い足形

    オフィスの床に貼られた足型は、この幅で歩くと健康的とされている約65㎝感覚で貼られている。

  • ガチャガチャの機械

    オリジナルで制作した「あさの健康食ガチャ」。100円玉を入れて回すと、ナッツとドライフルーツなど、朝の小腹を満たすのにぴったりの、健康的な食材が出てくる。社内には、日常的に目に入り、楽しみながらできる健康施策がたくさん用意されている。

株式会社浅野製版所

事業画像処理・デザイン・プランニング・DTP・フォトレタッチ・印刷関連事業
従業員数/39名 女性従業員数/17名(2024年1月現在)

(※内容は2024年2月取材時点のものです)