DeNAでは、2016年に従業員の健康をサポートするための専門部署CHO(Chief Health Officer)室を立ち上げるなど、健康経営に積極的に取り組んでいます。コロナ禍以前は、リアル開催のセミナーや社内に貼り出すポスターなど、オフィスでの施策に力を入れていましたが、リモートワーク主体の就業形態となったことで転換がせまられました。しかし、それを機に女性の健康課題を、男性従業員や家族、パートナーにも広く知ってもらう機会に変えていきました。CHO室の取り組みを中心に、お話をうかがいます。
- オンラインセミナーは、女性従業員だけでなく、男性従業員や家族、パートナーの参加も可能にした
- 生理とPMSのオンラインセミナーでは、低用量ピルのトライアルプログラムも実施
- 出社推奨日に、健康をテーマとしたイベントを開催。楽しめる仕掛けを作って参加を促す

従業員の健康意識を聞くアンケートで、女性従業員の健康課題も吸い上げる
DeNAではほぼ毎年、女性の健康課題に関するセミナーを行っているそうですね。
植田くるみさん(以下、植田さん)弊社では2016年に社員の健康サポートを行う専門部署、CHO室を立ち上げ、従業員のヘルスリテラシー向上につながる取り組みを行っています。その一つとして、ニーズも高い女性の健康課題に関するセミナーを行っています。
セミナーの内容を教えてください。
植田さん発足当時の16年には、「働く女性に必要なホルモンバランスとは?」というテーマで、女性ホルモンと心身の関係についてセミナーを実施しました。その後も、女性の健康とライフステージ、キャリアに関する視点を交え、ホルモンバランスや生理周期などのからだの変化による影響や体調不良を乗り越えるためのアドバイスを婦人科医や弊社所属の女性保健師からもらうなど、毎年テーマを変えながら継続しています。
セミナーはリアル開催していますか?
植田さんスタート当初は社内の会議室で、リアル開催していました。その際には、いろいろな企業とコラボレートして、セミナー参加者に健康をサポートするようなドリンクやグッズを配るなど、プレゼントを用意して参加を呼び掛けていました。ですが、コロナの影響で直接集まるセミナー開催が難しくなり、20年からは働き方の多様化に合わせて働く場所を問わず参加可能なオンラインセミナーを中心にしています。
オンライン開催でも、参加して良かったとすぐに実感してもらえるように、知識を学んでもらうだけでなく、自宅でできるセルフケアを紹介するなど、その日から取り入れられる情報を必ず入れるようにしています。
オンライン開催になったことで、良かったことはあるでしょうか?
植田さんリアル開催のときは内容がセンシティブになることもあり、セミナーの対象を女性だけにしていましたが、オンライン開催にしてからは、テーマによって男性従業員も参加可能にしました。その結果、男性従業員からは、女性特有の悩みについて自分から情報を取りに行ったり、女性に質問したりするのは難しかったりするので、知る機会ができて良かったという声が多く聞かれました。
また、自宅から参加するときは、従業員と一緒に家族やパートナーも参加できるようにしたので、パートナーに女性が抱えるトラブルや悩みなどについて知ってもらえたり、家族で健康を考えるきっかけにしてもらえたりと、理解のすそ野が広がっています。
セミナーのテーマはどのように決めているのですか?
植田さんCHO室で話し合って決めています。参考にしているのは、16年から、年に1度、従業員に健康状態や生活習慣などをヒアリングしている「ライフスタイルアンケート」と実施テーマに関する実情やニーズを深掘りするためセミナーに先立って行うミニアンケートですね。設問数の多い「ライフスタイルアンケート」は、当初はCHO室でGoogleフォームを使い任意回答で行いましたが、現在は弊社の分析部に協力してもらい、分析部が管理しているツールでより精密に調査しています。
このアンケートは、従業員全体の健康状態や課題を知ることなので、誰が何を回答したかはCHO室でも分からないようになっています。心理的安全性を確保することで、回答率を上げるとともに、より正確な課題を知ろうと努めています。そのアンケート結果をヒントに、ニュースなどで知る社会全体の関心も考えながら、セミナーのテーマを考えています。

「ライフスタイルアンケート」では、女性の健康課題も分かるのですか?
植田さん男女共通で、食生活や睡眠に関する生活習慣や自覚している健康状態、メンタルの状態などを聞くのですが、さらに女性従業員だけを対象に、ホルモンバランスの乱れやバイオリズムの変化がパフォーマンスに影響するかといったようなことも聞いています。その結果、PMSや生理痛、更年期症状など、ホルモンに関わる不調により生産性が低下すると答えた割合は約75%、そのうち、約20%が「慢性的に影響がある」と答えています。
そういった背景もあり、22年には生理とPMSに焦点を当てたオンラインセミナーと低用量ピルのトライアルプログラムを、23年は更年期をテーマにしたオンラインセミナーを行いました。
22年の生理とPMSのセミナーは、どのような内容だったのでしょうか。
植田さん弊社グループの関連医療機関でもあるチームメディカルクリニックの産婦人科医による、「婦人科医に聞く 働く女性の生理との付き合い方~女性ホルモンを整えて“ツライ”を減らそう!~」というセミナーを行いました。女性従業員のみを対象に、生理の知識だけでなく、PMSや生理痛の悩みや低用量ピルについてお話しいただくなど、踏み込んだ内容でした。医師が「生理は自然におこることで、本人の体調管理の問題ではない」と言ったことで、心が晴れる思いだったという言葉が出たり、周りが生理前後も元気な人ばかりなので、不調なのは自分が悪いと思い体調が悪いと言えなかったが、これからは我慢せずに周りを頼ろうと思うという声が聞かれたり、ポジティブな反応を多く得ました。
低用量ピル処方のトライアルプログラムも行ったそうですね。
植田さん「ピルを使うのが怖い」「抵抗がある」と言う意見が事前アンケートでも見られたため、まずは「使ってみたい」という人を対象にトライアルを実施しました。トライアルにあたっては、生理のトラブルに関して、東京・虎ノ門にあるチームメディカルクリニックでの初回診療費を全額補助し、さらに低用量ピルを利用する場合、2回までの薬代を全額会社負担としました。チームメディカルクリニックの低用量ピル処方については、リモートワーク下で継続しやすいよう、処方薬が安定したのちはオンライン診療でも対応可としています。
初診はオンラインではないんですね。
植田さん東京で勤務している従業員だけではないので、CHO室としては初診からオンラインにしてもらったほうが社員のニーズに合っているのでは?と考えました。ですが、医師からは、診察しないと分からない病気が隠れている可能性もあるので、初診は必ず来院してほしいと言われ、納得しました。現在は、更年期に関する相談も含めてクリニック受診・処方に対して一定額の補助を実施していますが、今後は、東京以外であっても受けられるような方法も考えていきたいと思っています。
低用量ピルの薬代へのサポートは2回までとした理由を教えてください。
植田さん低用量ピルも、体質に合う、合わないがありますので、2回の処方で継続的に試すところまでをサポートすることにしました。まずは最初の一歩、体質改善のために使いたいと思う人が「使ってみるきっかけ」を提供することで、それ以降は自分自身の体質にあわせ自由に選択できればと考えた為です。自分ではなかなか踏み出せない一歩を、会社がサポートできたらいいなと思いました。
23年は更年期に関するセミナーを行ったのですね。
植田さんセミナー企画段階での事前アンケートで女性の更年期に関する質問をしたところ、「『更年期』という言葉について知っていますか?」という問いに対し、男女約70%が「聞いたことはあるが、知識はない」と回答し、さらに女性回答者のうち75%以上が「更年期に対して不安がある」と回答しました。そこで、国際閉経学会によって更年期の健康に関わる情報提供をする日として定められた10月18日の「世界メノポーズデー」に合わせて、産婦人科医による「働く女性の更年期の付き合い方」に関するセミナーを実施しました。このセミナーは、女性従業員だけでなく、男性従業員や従業員の家族やパートナーも参加可能としました。当事者だけでなく、マネージャー陣や同僚からの理解も大事と考え、周囲の理解も促進しました。
「仲間や家族が健康でいることが一番大事」という思いでCHO室が立ち上がる
CHO室が16年に立ち上がった経緯を教えてください。
植田さん人事部の1人の男性従業員の問題意識がスタートでした。健康相談窓口や産業医は設置されていましたが、彼から見ると、病気まではいかない小さな不調を抱えていたり、食生活や睡眠が乱れていたりすることで十分なパフォーマンスを発揮できていない従業員が多いと感じたそうです。その当時、ちょうど健康経営という言葉が社会的に広まり始めたことから、企画書を作成し、最終的には創業者であり会長である南場智子に直接交渉し、部署として立ち上げました。
植田さんがCHO室に配属になったのはいつですか?
植田さん部署が立ち上がった翌年に、出産・育児を経験した女性もCHO室に必要だということで、私に声がかかりました。私自身、20代後半で入社し、生理についての悩みやPMSがあるなかで仕事に打ち込み、出産と育児との両立も経験し、家族の健康の大切さをしみじみと感じる年齢になっていましたので、弊社で働く従業員、特に女性の健康のために経験を活かせるのであれば……と、配属をとても前向きにとらえました。
CHO室は、従業員の健康を“管理する”部署ではないのですね。
植田さん労働時間や衛生環境をはじめとする健康管理全般を担う人事総務部と、常駐の産業医・保健師や臨床心理士などが所属する健康管理室が、従業員の健康を「守るサポート」をする部署としてあります。一方、CHO室は、従業員が健康のために何かを取り組むきっかけを生むような「攻めのサポート」をする部署と考え、三つの部署が三位一体で連携しながら、従業員の健康にアプローチしています。
植田さんが携わり始めた当時は、対面の施策にこだわったそうですね。
植田さん「オフィスに来るだけで健康になる」を目指していました。例えば、オフィスに設置してある自販機の飲み物や社内カフェテリアの食べ物に健康的な選択肢を増やしたり、トイレに健康意識を喚起するポスターを貼ったりしました。CHO室は健康であることを強制する部署ではありません。従業員の健康に対するリテラシーを、自然に高められるような施策を心掛けました。
コロナを経てオフィスがリモートワーク中心になったことで、施策も方向転換が必要になったのではないですか?
植田さん生理や更年期などで体調不良のときに無理に出社しなくてもいいとか、育児との両立がしやすいとか、女性独自のバイオリズムやその時々のライフステージにおいて働き続けやすくなる点で、リモートワーク自体は良いことだと思います。ただ、CHO室としてはさまざまな施策だけでなく、従業員の顔や働き方を見たり、ちょっとした雑談の中で悩み事を聞けたり、直接会うことで今必要なことが見えた部分もあったので、それができなくなったのが悩ましかったです。
最初は、CHO室独自で任意の記名式のアンケートを採り、自由回答を見ながら個別に話を聞かせてもらったり、アンケートや個別インタビューの結果を踏まえてオンラインセミナーを企画したりしました。リモートワークを中心に、出社も交えたハイブリッドな働き方をしている現在は、健康に関する施策もオンラインとリアルを交えたハイブリッドなものにしています。
オンラインは、先ほどのセミナーですね。リアルはどのような施策になりますか?
植田さん総務部が主体で行っているオフィスでのコミュニケーションの場づくりの提供や人材交流の活性化を目的とした「MeetUp」プロジェクト中の一つで月2回、出社を推奨する日を設けて従業員同士の交流を図る「オフィスにGOGO」という施策があります。総務部は、ランチを無償提供し、仲間同士での利用や初対面同士が複数で着席してランチする「ミートアップランチ」で、会話を生む工夫をしています。CHO室もそのうちの1回を担当させてもらい、健康に関するイベントを行っています。先日は目の健康をテーマにイベントを行いましたが、周辺視野を鍛えるアプリで結果を競い合ったり、目にいいとされる食材を使った食べ物を配ったり、「面白そうだから参加したい」と思ってもらえるような遊び心のあるイベントにしています。

CHO室で行ったイベントなどは、DeNAのウェブサイトでも紹介されていますね。伝え方が上手で読み入ってしまいます。
植田さん社内で広く共有し、従業員の意識を高めたいというのが一番の目的ですが、世の中のためになるような知見は、弊社にとどめておくのではなく、社会に共有していきたいと思っています。実は、デザイン本部で、弊社が発信するオウンドメディアなどの編集やデザインを担当しているメンバーが兼務でCHO室にも所属していて、ウェブに掲載するCHO室のニュースを作っています。
“プロ”の手が加わっているのですね。
植田さん弊社にはヘルスケア事業本部という、医療や健康に関するアプリやサービスの開発・提供をする部署があります。そのため、医学的知識のあるメンバーも在籍しておりアンケートの分析結果などから分かる傾向などのアドバイスをもらっています。
CHO室が立ち上がったときは、会長の南場がCHOを兼任していましたが、21年に現CHOの三宅邦明に替わりました。三宅は、医師免許を持つ医系技官として、厚生省(現 厚生労働省)に20年以上にわたり勤務してきました。このように、さまざまな業界の“プロ”の力を得て成り立っています。
医療プロの力も生かすなど、会社の戦略として、従業員の健康に注力している印象を受けました。
植田さんところが、南場の意見は違うんです。生産性やパフォーマンスの向上よりも、一緒に仕事をする仲間や家族が健康でいることが一番大事だし、その仲間や家族が病気になって悲しい思いをすることを減らせるなら……と、CHO室を立ち上げ、初代CHOに就任しました。それは、三宅がCHOとなった今も変わらず私たち全員が大切にしている思いです。従業員に健康を押し付けるのでなく、家族やパートナーと一緒に、楽しみながら健康になっていく提案や施策を考えていきたいですね。
事業ゲーム、ライブストリーミング、スポーツ・まちづくり、ヘルスケア・メディカル、オートモーティブ、Eコマースなど
従業員数/1,326名(DeNA単体) 女性従業員比率/25.5%(2023年3月時点)
(※内容は2024年2月取材時点のものです)