有給の生理休暇や現場の女性トイレは、使う人がいなくても整える
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東京都青梅市の建設会社、酒井組は、東京都や青梅市から受託する公共の土木工事を中心に、民間の住宅建設や造園などにも従事しています。現在の従業員は14名、そのうち女性は5名。先代社長の次女である須田晶子さんが、2018年から社長を務めています。女性社長だからこそ、女性が働きやすい環境を作っていきたいという須田さんにお話を聞きました。
- 就業規則を改定し、有給休暇で取得できる生理休暇を盛り込んだ
- 現場のトイレは、女性だけでなく男性のためにもきれいなものを設置
- 男女ともにコミュニケーションを促進し、お互いに気遣いし合える雰囲気を作る

男性技術者が女性事務職の仕事を理解できるように説明の機会を持つ
今年、土木の現場に従事する女性技術者を採用したと聞きました。
須田晶子さん(以下、須田さん)子どもが2人いる女性を採用しました。大学の土木科を卒業し大手建設会社で技術を学んだ女性なので、即戦力としてすぐに現場に入ってもらいました。今は奥多摩の現場で、監督の補佐をしています。
女性従業員は須田さんと内勤の方を合わせて5名だそうですね。生理休暇は、どのような内容で運用しているのでしょうか?
須田さん年間、上限5日までは有給で取得できるようにしています。1年ほど前に就業規則を大きく変えたのですが、その際に生理休暇についても盛り込みました。就業規則を変更したことを全従業員に説明するときに、生理休暇についても説明しています。また、今年、女性技術者を採用する際にも、就業規則を説明しながら、「弊社では生理休暇を有給で取得できます」と伝えました。
利用している人はいますか?
須田さん今はいません。私は若い頃に生理痛がひどかったのですが、今はそれほどでもなく、他の女性に聞いても、生理のトラブルはないとのことでした。けれど、これからも女性を積極的に採用していきたいので、必要な制度だと思っています。
中小企業だと、制度はあるけれど人手が足りなかったり仕事の属人性が高かったり、実際には休みにくいという問題はありませんか?
須田さん弊社は現場を管理する立場なので、下請会社とのスムーズな連携のために、事前に工程表をしっかりと作っています。また、現場ごとに工期が違うため、従事していた現場が終了し、次の現場が始まるのを待っている状態の技術者がいることが多く、彼らが代わりに入ることも可能です。先日、奥多摩の現場で監督がぎっくり腰になって急きょ休みましたが、補助の女性技術者が監督に代わって現場を仕切りました。そのような経験からも、今後、生理休暇を取得したい女性がいたとしても、フォローし合って休めると考えています。
内勤についても、休暇取得だけでなく仕事と育児の両立など、さまざまなことを相談しながら助け合っています。体調不良の例ではありませんが、子どもの保育園や学校が休みだけれど預け先がないときは事務所の2階で遊ばせていることもあるなど、みんながお互いさまという気持ちでいます。
実は土木の現場は、工期が決まっていて残業が少ないんです。知識と技術さえ覚えてしまえば、年齢や性別に関係なく活躍できるし、しばらく現場を離れたとしても、国家資格を武器に比較的スムーズに復帰することが可能です。内勤についても、そのような現場に付随したペースで動きますから、女性にとっては健康課題や家庭の事情と両立しやすい職場だと思います。
健康課題も含め、女性が働きやすい環境を整えるうえで、男性が女性の仕事への理解を深めるように努めているそうですね。
須田さん男性技術者は「自分たちが現場に出て稼いでいる」と考えがちです。それを全否定するわけではありませんが、事業を受注するための資料や書類を整えたり、現場に設置する看板を作ったりするのは事務の女性たちです。彼女たちがどのような仕事をしてくれたかは、技術者が現場から引き揚げてきたときにはきちんと話しています。私自身が女性ですから、現場に出ている人だけが頑張っているという空気はなくしたいですね。
女性が働きやすい環境の整備が公共事業の受注につながっている
現場には女性専用のトイレを設置していますね。
須田さんすべての現場に女性が配属されているわけではないので、ごくたまに男性トイレしかない現場もでてしまっていますが、基本的には、女性がいない現場でも女性トイレを設置しています。視察に女性がいることもありますし、女性トイレがないという理由で、下請会社が女性を現場に入れないということがないようにしたいです。
実は、女性技術者が入社し、配属が決まる前に一緒に訪れた現場が、男性トイレしかありませんでした。彼女から率直に「トイレが臭くて使う気になりません」と意見されました。今、彼女がいる現場には、とてもかわいいピンクの女性トイレが設置されています。現場監督と一緒に、彼女が自分で選んだようです。女性トイレだけでなく男性トイレも、木製のきれいなトイレを設置している現場もあります。利用すると木のいい香りがして好評です。設備がきれいで気分がいいのは、男性も同じなんですよね。女性が働きやすい環境を整えることが、男性の働きやすさを考えるきっかけにもなっています。

環境の整備は、建設業界全体の流れなのでしょうか?
須田さんそれはありますね。特に、弊社は東京都の事業を請け負うことが多いのですが、入札を決める評価方法の一つに「技術実績評価型」というものがあります。その方式では、会社や現場などに関するさまざまな項目があり、どれくらいできているかによって項目ごとに点数をつけ、すべてを加算した点数で入札が競われます。
以前は、過去の現場実績などの技術力の評価がほとんどだったのですが、女性活躍推進や若者の雇用推進、健康経営といった面も評価されるようになりました。会社そのものの取組が評価の基準に入っています。個人的な印象ではありますが、現場のトイレも、女性が働く環境が整っているという評価ポイントの一つになっていると感じます。以前は、女性トイレがあればいいと思っていましたが、今はより快適に使えるトイレを用意し、きちんと清潔に保つことも意識しなければいけないと考えています。
弊社は、女性技術者がいることと、女性が働きやすい環境を積極的に整えていることを高く評価していただいていると感じています。ポイント獲得のために取り組んでいるのではありませんが、評価されていると思うと励みになります。
トイレについては、事務所でも工夫しているそうですね。
須田さん小さな事務所ですが2階建なので、1階のトイレを男性用、2階のトイレを女性用にして、男女で分けています。2階は多目的スペースで、普段はあまり人がいないので、女性に周りの目を気にせずに利用してもらえます。
トイレ用擬音装置も付いていて、女性にうれしいですね。
須田さん実は、擬音装置は男性トイレへの設置が先なんです。というのも、男性トイレは1階にあるのですが、事務所が狭いので、使用中の音が響いてしまうんです。それを女性従業員に「不快です」と指摘され、男性トイレに擬音装置を設置することになりました。その際に、せっかくだから女性トイレにも設置しましょう、となったのです。トイレは「利用する人が快適なように」と考えがちで、外にいる人が不快というのは盲点。指摘されないと気付きませんでした。

産後パパ育休ができるより前に、男性が半年間の育休を取得
女性が現場に出るようになると、妊娠中や産休・育休による長期の休みの際のマネジメントも必要です。
須田さん今いる女性従業員は、全員入社した時点で子どもがいたので、女性の産休・育休取得の実績はほとんどないのですが、男性育休は、産後パパ育休ができるよりもずっと前に、約半年間取得した男性がいました。そういった経験から、産休・育休のような長期の休みでも、従業員の配置を調整するなど、きちんとマネジメントできると考えています。
半年の男性育休ですか。素晴らしいです。
須田さんまだ先代社長の時代ですが、男性技術者のパートナーが産後うつになってしまったのが理由でした。現場や事務所で相談を受けていた技術者たちが「奥さんをサポートしたほうがいいのではないか」と社長に相談し、彼が抜けても事業が回るように現場の配置を見直すなどして、育休を取得してもらいました。その後、パートナーが落ち着いたタイミングで復帰してくれました。
若手が少ない中、みんなが彼を気に掛けていたことで、家庭が大変だと気づけました。そういった声の掛け合いは、男女関係なく大切にしたいですね。
建設業に女性技術者を増やすための活動もしているそうですね。
須田さん建設業でも、特に土木で女性社長がいる会社が珍しいこともあり、青梅建設業協会や西多摩建設業協会の理事に就任するなど、さまざまな機会をいただいています。数年後は、土木関連企業にも女性社長が増えてくると思いますが、今は私にチャンスが巡ってきていると考え、女性技術者を増やすための環境整備や若い世代へのアプローチの大切さなどを伝えることもミッションにしています。
女性が増えることで、現場に良い面もありますか?
須田さん女性のほうが、コミュニケーションが上手だと感じます。ベテランの男性技術者は「目で見て覚えろ」というタイプが多く、あまり教えるのがうまくないのですが、そういった方に、とても上手に質問して話を引き出していました。彼女が経験を積んだ技術者なので話がスムーズだったこともあり、お互いが遠慮することなく、とても良い関係を築いてくれています。
女性技術者を増やしたいという背景には、若い人材の確保という面も大きいんです。建設業の中でも土木を目指す若手は少なくなっています。なので、性別に関係なく採用していかなければなりません。一方で、ベテラン男性との相性が悪く、入社後に辞めてしまう若手の例も、業界全体で少なくありません。女性技術者を増やすことで、現場でのコミュニケーションがスムーズになったり、ちょっとした気遣いでみんなが働きやすい環境を作ってくれたりすることも期待しています。
女性の健康課題への取り組み方も変わってきますね。
須田さんそうですね。会社に女性が少ないと、女性の健康課題についても、問題が起こったら対処するので足りる側面があります。それができるコミュニケーションが職場にあるのは誇らしいのですが、一方で、まだ入社していない女性に弊社を選んでもらうためには、いろいろな女性に安心して働いてもらえる施策を準備しておく必要があります。女性を増やしたいと考えることが、働きやすい職場環境を整えるモチベーションにもなっています。
事業土木工事、建築工事、舗装工事など
従業員数/14名 女性従業員数/5名(2024年6月末現在)
(※内容は2024年6月取材時点のものです)