漢方製剤などの医薬品を製造販売するツムラが、社内外に向けて本格的に女性の健康課題へのアクションをスタートしたのは2021年。広報グループ(現・コミュニケーションデザイングループ)が中心となり、会社に提案することで、さまざまな施策を実現しました。どのように会社の制度を変えたのかもうかがいました。
- 「婦人科検診は全従業員が費用負担なしで受診可能」「生理休暇の名称を『Femaleケア』に変更」「従業員の休暇制度を拡充し、誰もが不調で休みやすい制度へ」という、3つのアクションを施行
- 「隠れ我慢」(※)という言葉で、多くの人が不調を我慢しながら仕事や家事をしていることを周知
- 人事や労務管理、健康推進など、社内制度の変更に関連のある部署に声を掛けて、ワーキンググループを発足
- ※「隠れ我慢」は株式会社ツムラの登録商標です。

生活者調査と社内調査から、女性の健康課題の重要性に気付いた
2021年から始まった「#OneMoreChoice プロジェクト」について教えてください。
宮城英子さん(以下、宮城さん)「#OneMoreChoice プロジェクト」とは、誰もが不調を我慢することなく、心地よく生きられる健やかな社会を目指して、ツムラが中長期で取り組むプロジェクトとしてスタートしました。以前から、漢方薬を製造販売する企業として健康に関する啓発活動を行っており、活動を通じて人々と話す中で、生理痛やPMSをはじめとする不調を抱えたまま、我慢して仕事をしている女性が多いと感じていました。そこで、2021年1月に、全国の20~50代の一般女性10,000人を対象とした「隠れ我慢に関する実態調査」を行いました。その結果、女性の約8割が、なんらかの不調を感じながら、我慢して仕事や家事をしているということが分かったんです。それが、プロジェクトのスタートでした。
最初は対外的な啓発活動が目的だったそうですね。
宮城さん女性の不調の感じ方は一つではなく、人によって違いますし、働き方が違えば休めるかどうかも変わってくるし、不調があっても頑張りたいときもあると思うんです。それぞれが、その時々で自分にとって一番いいと思う対処法や選択肢を、社会全体に増やしていきたいという思いでスタートしました。
同時に、対外的にメッセージを発信するだけでなく、ツムラ自体が「隠れ我慢」しない企業を目指すべきだと考え、社内での啓発活動も始めました。その結果、「#OneMoreChoice プロジェクト」の一環で、2022年4月1日から、「婦人科検診は全従業員が費用負担なしで受診可能」「生理休暇の社内名称を『Femaleケア』に変更」「従業員の休暇制度を拡充し、誰もが不調でも休みやすい制度へ」という3つの社内制度の拡充が、「#OneMoreChoice アクション」として施行されました。
それぞれのアクションについて教えてください。
宮城さん「#OneMoreChoice アクション」以前は、健康診断で費用負担なしの検査項目に婦人科検診(子宮頸がん検診、乳がん検診)が含まれるのは35歳以上の従業員だけでした。それが、35歳未満の従業員も、希望すれば婦人科検診を費用負担なしで受診できるようになりました。その結果、2023年度の35歳未満の婦人科検診利用実績は、導入前の21年度に比べて、乳がん検診は11.5%が47.8%に、子宮頸がん検診は8.6%が37.5%に、大きく増えました。とはいっても、まだ全体として高い数字とは思っていないので、今後もしっかりと啓発していきたいと思っています。
松井優子さん(以下、松井さん)生理休暇の名称を「Femaleケア」にしたのは、生理休暇という名称では休暇申請しづらいという従業員の声があったからです。「生理休暇」の社内名称を「Femaleケア」に変更したことにより、生理に伴う症状に加えて、女性ホルモンの影響によるさまざまな症状(更年期症状など)に「Femaleケア」が利用可能となりました。実は、「Femaleケア」にしても、男性上司に対しては申請しづらさは変わらないのではないかという意見もありました。でも、「#OneMoreChoice プロジェクト」では、生理は隠さなければいけないものではないと考えています。だから、我慢せず、遠慮しないで休むという選択肢として、新しい名称を考えました。休暇申請は、各自のパソコンで行う勤怠管理画面で行います。年次有給休暇や代休などと並んで、「Femaleケア」もプルダウンで休暇を選べます。「生理」という言葉が入っていないため、申請に関する心理的ハードルも下がっていると思います。実際に、導入前の2021年度は生理休暇の総取得人数が53名だったのに対し2022年度は68名になり、総取得日数も138.5日から216日に増えました。
大山尚美さん(以下、大山さん)男性にも不調を抱える人はいますから、不公平感がないように、従業員の休暇制度も拡充しました。失効年休積立休暇(※)の使用条件に新たに体調不良が加わり、通院休暇は診断書なしでも年間12日まで取得できるようになりました。失効年休積立休暇は、通常は、年次有給休暇が失効する入社3年目からでないと付与されないのですが、入社時に6日を付与することになりました。性別にかかわらず、従業員が、診断書がない不調でも「隠れ我慢」せずに働ける環境づくりとして導入された制度です。
- ※失効年休積立休暇は、専門家コラム「生理休暇を取りやすくするためのアイデアや注意すべきポイントとは?」で、積立年次有給休暇制度として解説しています。
人事や労務管理、健康推進に関する部門と、課題意識を共有
会社の制度をどのように変えたのか、ぜひ教えてください。
宮城さんまず、「#OneMoreChoice プロジェクト」と、ワーキンググループの立ち上がりからお話します。2021年1月に生活者調査を行った話をしましたが、同時期に、ツムラ全役職員(有効回収数1,858人)を対象にした「ツムラ社員の健康に関する実態調査」も行いました。その中で、「業務の生産性に影響すると感じる症状」を聞いた結果、最も多かったのが「生理痛・生理不順」で、女性回答者のうち68.6%が「影響がある」と答えました。男女ともにいろいろな不調を抱えていますが、比較すると女性のほうが割合が高く、不調を我慢して働いているということは生活者調査と同じで、社内にも女性の健康課題は存在すると分かりました。そこで、会社でも、きちんと取り組みたいと思い、2021年4月に社内でワークメンバーを募り、「#OneMoreChoice ワーキンググループ」を立ち上げました。
参加者は、どのように募ったのですか?
宮城さん最初は関連しそうな部署に直接声を掛けました。私たちが所属するコーポレート・コミュニケーション室の各グループや、医療関係者向けの情報発信や企画立案をする部署の中の、女性向けの施策をしているチーム、人事や健康推進、労務管理など、関係の深い部署の方々に参加してもらいました。
大山さん最初の頃は、本当にいろいろな部門に説明に回りました。例えば、人事部の会議に参加させてもらって、なぜ「#OneMoreChoice プロジェクト」をしているのか、アンケートの結果どのような課題が見えたかなどを説明して、その当時はまだ何も決まっていなかったのですが、「人事部と一緒にやっていきたい」という話をしました。興味を持って参加してくれた背景には、婦人科検診の受診率が低いことや、生理休暇の名称に抵抗があって利用されづらいことなど、人事部としても認識しており、なんとかしたいと考えていたことがありました。
宮城さん社会的にも女性の健康課題を解決していこうというムードが高まっていましたから、一緒に取り組んでいきたいという意識を持っていました。労務管理担当や健康推進課長からは、人事部も、広報グループ(当時)と一緒に情報発信に取り組むことで、今ある制度が従業員に周知されれば、きちんと使ってもらえるようになると考えていたと聞きました。
「#OneMoreChoice」や「隠れ我慢」といった言葉が、とても印象に残りますね。
大山さんプロジェクトとして発足する前に、広報グループ(当時)で、毎週のように2~3時間に及ぶミーティングをしていました。アンケートから見えた課題を社内外にどのように伝えていくかを考える中で、本当に自然発生で「隠れ我慢」という言葉が生まれました。「#OneMoreChoice」は、一つの正解でなく、それぞれが我慢する以外の別の選択肢を取ることができて、多様な選択肢を提示できる環境が広がるといいよね、と、みんなで考えた言葉です。そこに、印象的に、パッと目に飛び込むように「#」を付けました。
ワーキンググループは、何名くらいが参加したのですか?
大山さん1年目は、私たちが声を掛けた部署からの参加で、約20名です。2年目は、さらに社内で広く募って、4~5名が新しく加わりました。男性が4割、女性が6割くらいのバランスで、年次も幅広く参加しています。
参加者は、どのような活動に携わりましたか?
大山さんミーティングで、取組に関する意見やアイデアをもらうのはもちろんですが、自分の周りの従業員を中心に「隠れ我慢」について個別にヒアリングもしてもらいました。2022年に施行した「#OneMoreChoice アクション」は、アンケート結果だけでなく、ヒアリングで得られた従業員の声を検討する中から生まれたんです。
実際に、どのようにして制度を変えていったのかを教えてください。大変なこともたくさんあったのではないですか?
宮城さん実際に制度を変えるためのアクションを起こしてみると、社内に同じ問題意識を持っている人も多かったですし、アンケート調査で得られた、女性従業員の約7割が生理痛や生理不順が業務の生産性に影響していると答えた数字や実際の従業員の声などを見て、制度拡充の必要性は理解してもらえましたし、制度を変えることそのもののハードルは決して高くありませんでした。ただ、私たちに「制度を変える」という経験がなかったので、すべてが手探りで……。その意味で、とても大変でした。
どのように進めたのですか?
宮城さんワーキンググループには人事や労務管理、健康推進といった部門の課長も参加していましたから、その方々にアドバイスをもらいながら進めました。特に人事部からは課長が2名参加していて心強かったです。
私たちは、制度を変えるなら人事部だけに相談すればいいと思っていたのですが、「組合にも理解を得ましたか?」とか「社会保険労務士や保健師にも相談し意見を反映する必要があります」などと教えられ、そのおかげでさまざまな視点から制度内容を整えることができました。
大山さん婦人科検診は、最初は全員必須にしたいと思っていたんです。けれど保健師から、「例えば、マンモグラフィーは、被ばくのリスクがあるから受けたくないという人もいます。実際の被ばく量がどれくらいかは関係なく、それは個人の価値観で、すべての検査において、個人の価値観は尊重されなければいけないので、希望者を対象にしたほうがいいですよ」とアドバイスされ、勉強になりました。
宮城さん一歩進んでは別の壁にぶつかることの連続でしたが、皆さんが一生懸命教えてくださるのがありがたかったし、相談する先々で、活動の方向性に共感していただけるのが心強かったです。私たちが制度拡充に向けたアプローチを始めて、制度化しましょう、となるところまで半年くらいかかったのですが、一つの制度を立ち上げると、別の制度の内容も変えなければいけなくなるケースもあり、そこからは私たち以外の方々にも尽力していただきました。
ワーキンググループは、今も継続していますか?
宮城さん定期的な会議を開くといった継続的な活動は、制度拡充が実現したことで、一度終了しています。今は、コミュニケーションデザイングループが「#OneMoreChoice プロジェクト」として社内外に向けて行う取組に対して、その都度意見をもらうといった活動になっています。
大学生へのアプローチを開始。女子学生が少ない工業大学も参加
「#OneMoreChoice プロジェクト」は、現在はどのような活動をしていますか?
大山さん社内外に向けたメッセージを発信することで、「隠れ我慢のない健やかな社会」の実現に取り組んでいます。ワーキンググループで考えたアイデアの一つとして、「#OneMoreChoice 研修」を行っています。ライフステージで起こり得る不調やその対処法への知見を深め、ワークを通して自分なりの#OneMoreChoiceを考えるオリジナル研修を開発しました。社外への無償提供をしていますが、社内でも年1~2回を目標に研修を行っています。

宮城さん社外向けには、新聞の一面広告や屋外広告、ウェブサイトなどでメッセージを発信しています。2021年は「女性の8割が、隠れ我慢を抱えている」、2022年には「違いを知ることからはじめよう。#わたしの生理のかたち」というメッセージを発信しました。
2023年からは、大学生に向けたアプローチを開始しました。というのも、私たちの事前調査から高校までは親や学校が子どもの健康を管理していますが、大学生になるとすっぽりと抜け落ちてしまうことが分かったからです。そこで、賛同大学と協力して、大学に赴いて相談できる機会を作ったり、大学生向けに「#OneMoreChoice 研修」を行ったりする活動を始めました。2024年は、「社会は今、少しずつ優しくなっている。#もうすく社会人になるあなたへ」というメッセージを発表しました。
工業大学も参加しているんですね。女子学生は少ないイメージです。
宮城さん実際に、男子学生のほうが多いと聞いています。大学のご担当者から伺った話ですが、教育環境が男性目線になってしまう場合があるという問題意識を抱えていらっしゃいました。例えば長時間の研究作業のときに、生理の不調がある女子学生が言い出せないということがあったり、そもそもPMSの存在を知らないということもあったり。先生方も男性が多いですから、それに気づけないことで、女性が不自由な思いをしているのではないかという思いがあったそうです。女性が少ないからこそ、先生方も含め、大学全体で学んでいきたいという考えのもと賛同してくださいました。
松井さん社内向けには、「#OneMoreChoice ニュース」を月に1回程度発行しており、オンラインで周知するほか、工場には、総務の方を通じて掲示してもらっています。一日中PCで作業している仕事とは作業の動線が違うことから、その職場に合った形での発信を心掛けています。
工場の総務担当者に、掲示してほしいニュースをお送りし、プリントアウトして掲示板に貼ってもらうのですが、担当の方から「今回のメッセージは、心に響きました」などと感想をいただくことが多く、励みになります。
松井さんは、プロジェクトが立ち上がったことで、自分も女性の健康課題に向き合う仕事がしたいと、コミュニケーションデザイングループへの異動を希望したそうですね。
松井さんはい。それまでは営業本部にいましたが、漢方薬の仕事を通じて、私自身が健康課題を抱えながら仕事をする女性の存在を感じ、何かしたいと思っていたので、異動を希望しました。
実際に仕事として取り組み始めて、どのような感想を持ちましたか?
松井さん私自身は女性の健康への取組に関心があったのですが、広報する側に立ってみると、人により関心を持つテーマが異なるので、伝える相手の立場や悩みに合わせて発信の仕方を工夫する必要があるなど、人に伝えるのはとても難しいことが分かりました。全く違う立場から異動した私だからこそ提案できるようなことを考え、社内でも、もっと多くの人に関心を持ってもらえるようにしていきたいです。
事業医薬品(漢方製剤、生薬製剤ほか)の製造販売
従業員数/2,711名 女性従業員数/686名(2024年3月31日現在)
(※内容は2024年9月取材時点のものです)