女性の健康課題の社内調査と支援サービスの試験的導入で、サポートの必要性を実感
日本航空(JAL)は、2012年から中長期経営計画に合わせてJALグループ健康増進プロジェクト「JAL Wellness」をスタートし、従業員、会社、健康保険組合が一体となり、グループ全体の健康づくりに励んできました。2021年に策定された「JAL Wellness 2025」では、五大目標の一つに「女性の健康」を掲げています。女性の健康に着目した背景や取組についてうかがいました。
- 2022年に女性の健康課題をサポートするサービス開発に、実証企業として参加
- 従業員に「月経プログラム」「妊活相談プログラム」「更年期プログラム」を提供
- 現場の声をもとに、「女性の健康」を、2021年に策定された「JAL Wellness 2025」の五大目標の一つにした

サポートプログラムの導入に「会社が女性の健康に着目してくれるのがうれしい」の声
2022年に、丸紅、エムティーアイ、カラダメディカと4社合同で、働く女性の健康課題改善に向けた共同の取組をしたことが話題になりました。どのような取組だったかを教えてください。
望月祐里さん(以下、望月さん)もともと、2021年7月から、弊社以外の3社が、医療機関と連携したオンライン相談・診療サービスの提供、啓発活動などを通じ、生理痛や月経前症候群(PMS)の改善をはじめ、妊活や不妊治療に関するサポート、更年期に現れる症状の改善まで、働く女性がライフステージごとに直面する健康課題の改善を支援するサービスを共同で開発していました。そこに弊社が実証企業として参画し、2022年2月から、社内での取組を開始しました。
従業員向けに、どのようなことを行いましたか?
望月さん大枠は、2022年2月から12月まで、社内の女性の健康課題の実態調査を行うとともに、セミナーを通じて職場のリテラシー向上・意識の変容、プログラム導入による働きやすい職場環境の構築を目指し、その効果を検証しました。
プログラムは、「女性のカラダの知識講座」「妊活の知識講座」「更年期知識講座」の三つ。それぞれについて産婦人科医によるセミナーを実施したうえで、「ルナルナオンライン診療」(※1)を活用して、低用量ピルの処方、妊活相談、更年期外来をサポートしました。さらに、「ルナルナオフィス」(※2)を通じて、日本航空およびJALグループの従業員を対象に、女性の健康課題に関するアンケートを実施(有効回答数:女性従業員2,854人、男性従業員3,519人の合計6,373人)。調査結果から、月経や更年期による不調が女性社員の業務におけるパフォーマンスに大きな影響を及ぼしていることや、男女問わず、女性の健康課題への理解が必要だと感じていることが分かりました。
- ※1カラダメディカが提供する、スマートフォンで医師による診療・薬の処方を受けられるサービス。
- ※2エムティーアイが提供する、女性の健康課題改善を目指す法人向けのプログラム。
アンケートは男性も対象だったんですね。セミナーにも男性は参加しましたか?
望月さん受講は任意でしたが、男性も参加してくれました。また、妊活プログラムは男女関係なく、従業員とそのパートナーを対象に、現在妊活していなくても利用可能にしました。
プログラムは2022年に試験的に導入されたとのことですが、今も継続していますか?
望月さん2022年の取組は実証実験でしたから、期間は短く、プログラムへの参加人数も絞っていました。その結果、効果があったと確認できたので、2023年度からは1年間のプログラムとして、グループ全体で募集しました。2024年度も、2023年度の結果を見て、少し内容を変えてグループ全体に展開しています。
どのような効果が確認できたのでしょうか?
望月さんプログラム終了時に参加者にアンケートを採った結果、プログラム全体への満足度は95.45%、さらに継続の意向はほぼ100%という回答を得ました。生理の不調や更年期の症状が改善することで、仕事のパフォーマンスが上がったという結果も出ています。参加者からは、低用量ピルを使用することで生理の不調が改善されたという声が多く聞かれました。更年期の分野では、まず自分の不調が更年期によるものなのか判断が難しく、受診するかも迷っていた方々から、オンライン診療だから気軽に相談でき、一歩踏み出せたという感想をいただきました。
弊社での、プログラムを通じた女性の健康課題への取組は、プログラムに参加しなかった従業員からも反響がありました。会社が女性の健康課題に着目し、サポートしてくれたのがうれしいという声が多く聞かれました。また、セミナーに男性も参加してもらったことで、性別に関係なく、男女のからだの違いへの理解が広まったと思います。それにより、お互いに言い出しにくいままでいた話題に触れやすい雰囲気を社内に醸成することに、しっかりと踏み出せたと感じています。
ニュースに取り上げていただいたことで、社外からの反響もありました。取組に関する意見交換のお声掛けもいただき、プログラムを通じて、DEI(Diversity/ダイバーシティ:多様性、Equity/エクイティ:公平性、Inclusion/インクルージョン:包摂性)の推進に、会社の枠を超えて少し貢献できたのかな、と思っています。
少しずつ制度を見直しながら、プログラム自体は継続しているとのことですが、現在はどのような運用になっていますか?
望月さん「月経プログラム」「妊活相談プログラム」「更年期プログラム」を継続することで、オンライン診療を活用した、低用量ピルの処方、妊活相談、更年期外来へのサポートを続け、1年単位でそれぞれのプログラムへの参加者を募集しています。2023年度までは、どのプログラムも参加費用の7割を会社が負担していましたが、2024年度は「月経プログラム」だけ参加者の負担を下げました。というのは、「月経プログラム」と「更年期プログラム」は、医学的見地から参加できる年齢が決まっているのですが、「更年期プログラム」に参加する人のほうが年次に伴って給与も高い傾向にあるため、どの世代も平等に参加しやすくしたいと考えたからです。
全額、会社負担ではないんですね。
望月さん女性の健康課題は人生の中で長く付き合っていくものですから、「セルフケア」の意識を持ってもらいたいと、一部、参加者に費用を負担してもらう形で運用しています。会社がお金を出してくれるからなんとなくやるのでなく、自分のからだに向き合う機会にしてほしいと思っています。
長く働く女性が増えると更年期症状へのサポートのニーズは高まる
更年期症状へのサポートは、いろいろな企業で取り組み始めたばかりで、サポート体制を整えても生理に比べて利用者が少ないという声が聞かれます。
望月さん弊社では、プログラム開始初年度は、更年期プログラムの利用者のほうが多かったくらいで、更年期症状へのサポートのニーズを強く感じています。
これは、弊社の誇らしい点でもあるのですが、どの年齢層にも女性従業員が多く在籍しています。JALグループでは、2025年度末までにグループ内の女性管理職比率30%という目標を掲げていましたが、2024年3月末で29.8%になりました。管理職だけでなく、本当に多くの女性従業員が、子育てや介護などと両立しながら仕事を続けています。その結果、「更年期プログラム」へのニーズも高くなったのかな、と思います。ですから、社会全体で長く働く女性が増えていけば、企業による更年期の不調へのサポートは、今以上に必要になっていくと思います。
プログラムを導入する前、特に、長時間のフライトもある客室乗務員やパイロット職の女性は、生理などの不調にはどのように対応していたのでしょうか。
大海尚美さん(以下、大海さん)パイロットと客室乗務員の体調管理は、お客さまの安全にも関わります。咳をしているだけでも乗務できませんし、そういった状況に備えて代わりに乗務できる従業員を「スタンバイ」としてシフトを組んでおくなど、体調不良で休みやすいシステムになっています。また、乗務員たちも体調管理への意識が高く、生理の不調がある人たちは率先して産婦人科を受診して低用量ピルを処方してもらうなどしていました。女性の多い職場ですから、生理に関する話も比較的しやすく、情報交換もしていたようです。
ただ、全員が同じようにできるとは限りませんし、会社の業務に影響する体調のことを個人の努力に頼ってはいけません。会社として、できることをきちんとしていきたいですね。
生理や更年期の不調、不妊に対するサポートのほかにも、女性の健康課題に対して実施していることはありますか?
大海さん定期健康診断の婦人科検診で、全従業員が、乳がん検診と子宮がん検診を受診できます。また、管理職対象の教育で女性の健康に特化した講座の時間を設けています。
経営破綻から再生するために、従業員の健康に向き合った
JALで女性の健康課題に積極的に取り組むようになったのはいつからですか?
大海さん5年単位で弊社の健康経営の目標を定める「JAL Wellness」というものがあるのですが、2016年に策定した「JAL Wellness 2020」における三大目標「生活習慣病」「がん」「メンタルヘルス」に加え、2021年に策定した「JAL Welless 2025」では「タバコ対策」「女性の健康」を加えた五大目標になりました。弊社は、現場を多くの女性従業員が支えていますから、健康経営の中でも女性の健康はとても重要なトピックスだという意識はそれ以前からもありました。社会的にも注目が高まる中で、当時の新しい目標を決める際に議題に挙がり、五大目標の一つになりました。
議題に挙がる前に、社内の女性から女性の健康課題も取り上げてほしいなどの声があったのでしょうか?
大海さん一つは、客室乗務員を統括する客室本部長から、現場の女性の声として提案がありました。また、定期健康診断と健康保険組合のソフトデータによる医療費の分析を合わせて検証するデータヘルスにより、女性の健康課題が見えてきました。そういったことからも、女性の健康課題が「JAL Wellness 2025」の五大目標の一つになりました。
「JAL Wellness」自体は、どのようにスタートしたのでしょうか?
大海さん多様な人財が一人一人の個性や能力を存分に発揮するためには、社員自身の健康だけでなく家族の健康も重要な要素であるという考えのもと、2012年から、中期経営計画に合わせてJALグループ健康増進プロジェクト「JAL Wellness」がスタートしました。きっかけは、2010年の経営破綻です。その年、会長に就任した稲盛和夫氏が提唱したフィロソフィが根本にあります。
経営破綻からの再生計画の一つに、従業員の健康があったんですね。
大海さんそうですね。当時は、企業理念から作り直したのですが、そのときに稲盛氏を中心にした新経営陣の作った理念が、「全従業員の物心両面の幸福を追求する」でした。従業員もその家族も幸せでなくてはいけないという考え方です。そのときに、今まで以上に従業員の健康に対する意識を上げ、企業としてもしっかりとアプローチしていこうということになりました。
「JAL Wellness」では、職場ごとにWellnessリーダーがいるそうですね。
大海さんWellness推進体制自体は、社長をトップに、その下にCWO(Chief Wellness Officer)がおり、現在は副社長の斎藤祐二が勤めています。さらにその下にいる各部門長が、各事業所や職場でWellnessリーダーを選びます。任期は主に1年ですが、職場ごとに判断はゆだねています。健康に詳しい人を選んだり、皆と仲良くなれるようにあえて新人にしたり、職場に合わせて、それぞれのルールで選んでもらっています。Wellnessリーダーは、職場ごとのWellness向上に関する取組の旗振り役です。例えば、健康保険組合が行うウォーキングキャンペーンに合わせて、職場内で目標を定めて皆で歩くことを提案するなど、皆が楽しんでできるように工夫してくれています。ちなみに、ウォーキングは健保が提供するアプリと連動して行うと、歩数に応じてポイントがもらえて、景品と引き換えられるんですよ。
楽しんで取り組めるうえに、職場のチームワークも高まりそうですね。
大海さんそうなんです。弊社で2013年から始めた「本気!のラジオ体操」も、たくさんの職場で楽しみながら取り入れられています。ウエルネス推進部のトレーナーの指導のもとポイントを押さえて真剣に行うラジオ体操で、成田オペレーションセンターでは毎月一度「本気!のラジオ体操講座」も行われているのですが、後から筋肉痛になる従業員もいるほどハードです。「本気!のラジオ体操」10周年のときには、格納庫で大々的なイベントも開催しました。ラジオ体操だけでなく、職場ごとに体を動かす企画も多く行われています。会社としての取組と従業員からのボトムアップの取組、両方から健康課題にアプローチしています。

事業航空運送、航空機使用事業など
従業員数/13,791名 女性従業員数/7,835名(2024年3月31日現在)
(※内容は2024年9月取材時点のものです)