企業の取組事例 Case study

職場における女性の健康課題を、現場のアイデアとコミュニケーションで乗り超える

[本田技研工業株式会社]

モビリティメーカーの本田技研工業(以下、ホンダ)では、人事部にある健康推進室とキャリア・多様性推進室が連携し、従業員に寄り添いながら課題にチャレンジをしています。その原動力は、従業員の健康を支えるために現場に寄り添う産業保健職(以下、保健職)と社内キャリアコンサルタントの存在でした。ホンダの健康経営は、本社の中央集権型ではなく、国内各事業所の保健職や関連部門が自らの知恵とアイデアを活かして主体的に取り組み、成果や失敗をメンバー間で共有し合う分権型・現場主体型の取組です。ホンダの女性の健康課題への取組をうかがいました。

POINT
  • 職場の生理と更年期の課題を話し合う座談会を実施。動画を交えた特集記事を制作し、社内外に公開。産業医と、上司含む従業員男女2名ずつが参加した
  • 国内事業所勤務の保健職を本社の人事部所属とし、円滑な情報のやり取りと横の連携をしやすくするとともに、各人が自律的・主体的に物事を考えて実行できる体制を整えた
  • 保健職が積極的に現場に入り声を掛けることで、それぞれの事業所に合った取組が可能になった
池谷リサさん・山内恵里加さん・早川恵子さん写真
右から、本田技研工業 コーポレート管理本部 人事部 キャリア・多様性推進室 主任 キャリアコンサルタント 池谷リサさん、人事部 健康推進室(浜松) 主任 保健師 山内恵里加さん、人事部 健康推進室(鈴鹿) チーフ 保健師 早川恵子さん

男性9割の会社だからこそ男性を巻き込む工夫をする

ホンダのホームページで、女性の健康課題に関する従業員と産業医の座談会を公開していますね。座談会の内容を公開するというアイデアは、どのように生まれたのでしょうか?

池谷リサさん(以下、池谷さん)2022年10月から、健康課題に対する環境整備の一つとして、外部機関のリソースを活用しています。その中に「Cradle(クレードル)」のサービスがあり、オンラインセミナーの受講や、クーポンを使った産婦人科・乳腺科などの医療機関、不妊治療専門外来の受診を利用できます。ダイバーシティを担うキャリア・多様性推進室と健康推進室は、制度を整えるだけでなく、従業員の皆さんに自分事として捉え、男女関係なく、一人ひとりが健康課題を「当たり前のこととして受容する」職場になればと考え、内容はもちろんのこと、周知方法までメンバーでしっかりと話し合いました。

デリケートな話題ですから、従業員の方に登場してもらうのは大変だったのではないですか?

池谷さん協力してくれた皆さんは、本当に前向きに参加してくれました。全員Honda 和光ビル(埼玉県)に勤務しています。和光ビルでは独自に女性の健康課題に関する従業員への意識調査をし、職場の実態把握をしている段階でした。職場の健康課題に着手し始めた事業所の一つであったことから、座談会の実施に至りました。

従業員座談会のバナー画像。「仲間と一緒に考える従業員座談会 産業保険の社外専門家からのメッセージ すべての人に知ってほしい、職場における健康課題 詳細を見る」と書かれており、5人が並んだ写真と専門家の写真が掲載されている
ホームページで公開された従業員座談会。ダイジェスト動画とともに、読み物形式でも掲載している。5人並んだ真ん中は、静岡県浜松市の事業所に所属する産業医。

女性の健康課題に関する対談に、男性が登場しているのがとても興味深かったです。

池谷さん弊社は従業員の男性比率が9割で、女性は少ないです。こういった従業員比率の中、女性の健康課題を職場全体で取り組むには、男性にも自分事としてとらえ、きちんと学んでほしいと考えていました。一方で、女性の話であるがゆえに、男性が関わるのには何かしらの壁を感じるのではないかという懸念もありました。そんな中で、「男性更年期」をテーマにした社内報を配布したところ、予想以上に反響がありました。このことから、男性には「更年期」を入口にしながら、女性の健康課題を学ぶとともに男性自身の体についても新たな気づきを得てほしいと考え、座談会には男性従業員にも参加してもらいました。

男性上司も参加していますね。男性が女性の健康を心配すると、「セクハラ」だと思われるのではないかという、多くの男性から共感を得られる話題にも触れていました。女性従業員がどのように声を掛けてほしいかを回答していて、とても分かりやすかったです。

池谷さん生理の不調と女性の更年期について当事者に話してもらうだけでなく、上司に当たる男性から、マネジメント層が心掛けることについても話してもらいました。さらに、浜松の事業所に所属している産業医が加わり、専門家の視点を踏まえしっかりと伝えるようにしています。

従業員だけが見られる場所で公開するのでなく、会社のホームページに載せて、社外の人も見られるようにしたんですね。

池谷さんデリケートなテーマだけに、社内のポータルサイトだけでの公開も考えていましたが、協力してくれた皆さんから社外に公開しても構わないと言ってもらえ、ホームページでの公開に至りました。これにより、弊社の取組が広く伝わり、その後も多くの反響をいただいています。

ホームページでの公開にあたり、社内での周知にも尽力されたそうですね。

池谷さんまず全社向けのメルマガで告知するときに座談会動画のサムネイルにリンクを貼り、ワンクリックで該当の記事が見られるようにしました。また、各事業所の食堂にあるモニターや工場の休憩室にあるデジタルサイネージで、告知向けのショート動画を流しました。特に工場では個人のパソコンを使わない従業員も多く、普段利用する場所に動画を流すことで、より多くの従業員に届くと考えました。

この動画だけでなく、導入した外部サービスのセミナー動画の中で社内の皆さんに見てもらいたいものがあったら、メルマガで告知して案内しています。

ほかに、社内メルマガを活用した告知はありますか?

池谷さんあまり頻繁だとかえって見てもらえなくなるので、テーマによって健康推進室から該当する年齢層に送ることもしています。例えば、20~30代の女性には生理の不調、40代以降の女性には更年期やがん、35歳以上の男性には男性の更年期を配信しました。また、新入社員には男女問わず、女性の健康課題やプレコンセプションについても伝えています。

年齢によって配信先を変えられるシステムがあるんですね。

池谷さんシステムはないので、全部手作業です(笑)。本当に時間がかかります。ですが、このように周知していったことで、導入したサービスの利用者数は伸びています。実際、セミナーを受講して参考になったとか、50代の方から自分のからだの変化を意識したことがなかったけれど、ケアする必要性を感じたなどという反響が届くこともあり、やってよかったと思いました。

健康への取組は保健職がチームリーダーになって進める

女性の健康課題について、和光ビル独自でアンケート調査を行ったとのことですが、健康課題への取組は本社で一斉に行わないのですか?

山内恵里加さん(以下、山内さん)本社の健康推進室が全社向けに行う取組はありますし、福利厚生はどの事業所でも平等に使えます。ですが、私たちは本社が決めたことをトップダウンで実行する“中央集権”型の組織ではありません。以前の保健職は、各事業所の健康管理部門に所属して、健康診断、診療や治療などの2次・3次予防を主業務としていましたが、病気になった後の「診療・治療」から健康的な意識・行動ができる「0次・1次予防」強化を目的に、2年前に組織を変更して本社の人事部所属の健康推進室になりました。弊社の事業所は工場もあれば、営業部門、研究所もあります。それぞれで働き方も違うし、男女や年齢の構成も違います。ですから、目的やゴールは全社共通に設定していますが、その達成手段は事業所の保健職を中心に、それぞれの特徴に合った取組をしています

その上で、各事業所で効果的だった施策は、健康推進室全体で共有し、横展開することもあります。女性の健康課題支援以外にも、健康診断の完全外部委託化、生活習慣病の予防強化などさまざまな健康課題がありますが、その推進リーダーも事業所の保健職が担っています。私たちはそれを“バーチャル本社”と呼んでいます。

女性の健康課題への取組推進は、静岡県浜松市にあるトランスミッション製造部に勤務する保健職の私がリーダーをしています。

浜松に勤務する山内さんが選ばれたのには、理由があるのですか?

山内さん会社の定期健康診断の問診で女性に生理の不調に関する設問を入れて調査したところ、生理の不調が日常生活に差し支えることがあると答えた割合が浜松の事業所はとても低かったんです。浜松では、事業所の周りの医療機関と提携して女性のからだや生理の不調などの情報を提供し、不調があるときには通院するように啓発するなど、独自にリテラシー向上に努めてきました。そのことが、良い結果に結びついたのかもしれません。そこに着目した本社の健康推進室から、浜松で行った取組を他事業所にも広げてほしいと女性の健康課題対策のリーダーに任命されました。

それまでは事業所内の健康管理部門で、浜松の従業員だけをケアすればいい立場でした。リーダーとして全社の女性の健康課題に取り組むことになり、戸惑いませんでしたか?

山内さん他事業所に生理の不調で困っている女性がたくさんいるのであれば、それを改善する方法を広めていきたい、生き生きと働ける人を増やしていきたいと前向きにとらえました。

保健職の方々は、普段は各地で勤務しているんですよね。月に1回集まって会議をするなど、定期的に話し合いの場を設けているのですか?

山内さんルールのようなものはありません。必要に応じて、私から直接電話をしたり、オンライン会議を設定したりしています。

「必要に応じて」とは、どのようなときでしょうか?

山内さん事業所ごとに課題も、それに対する取組もさまざまです。その活動を個々にうかがい、各事業所に横展開できないかを考えます。健診結果のデータを見ると各事業所の特性が出てきますから、例えば女性のがん検診の受診率が向上したなど気になる数値があれば、その事業所の保健職に連絡して「何かしたんですか?」と聞きます。良いケースだけでなく、ほかに比べて低い数値があれば、それについても連絡し、状況を聞いて対策を考えたりもします。複数の事業所で共通している内容であれば、皆が参加できるオンライン会議を設定することもあります。本当にいきなり「今、お時間ありますか?」と電話したり、メールで「会議できる日時を教えてください」と聞いたりしています。

鈴鹿製作所で保健職として勤務している早川恵子さん(以下、早川さん)は、大きくうなずきながら話を聞いていましたね。頻繁にやりとりしているんですか?

早川さんそうですね。山内が各事業所の話を聞きながら、ベースとなる取組をまとめてくれるのですが、リーダーが決めたことをそのまま行うのではなく、気づいたことは皆で意見しています。私たちは専門職同士ですから、風通し良く、忌憚(きたん)のない意見交換ができる雰囲気を大切にしたほうが良い取組ができると思います。

保健職の活動の場を工場へ。飛び込むことで実現した信頼関係

本社のトップダウンでなく、保健職が自律したチームになっているからこそできる雰囲気かもしれませんね。早川さんが勤務する鈴鹿も工場ですね。工場特有の難しさと、それをどのように克服しているかを教えてください。

早川さん鈴鹿の工場では、生理が重くて生理休暇を連続して取る方々がいました。立ち仕事ですから、生理痛がひどい状態で勤務するのが難しいんです。生理休暇は制度として使えるのですが、毎月休暇を取ってやり過ごすだけでなく、病院に行くなど適切な治療を受けることで生理期間を健やかに過ごせるようになってほしいと思いました。そこで、私たち保健職が「女性の保健室」を名乗り、いきなり病院に行くのがためらわれる女性の相談窓口を開設しました。仕事でパソコンを使っていない方も多いので、手作りした「女性の保健室」の案内を封筒に詰めて、皆さんに渡しました。

こだわったのは、それを女性だけに案内するのではなく、男性の管理職や直属上司にも周知したことです。職場の女性に生理がつらいと相談されたら、「女性の保健室」につなげてくださいと説明しました。

いきなり男性管理職に生理の話をするのは、ハードルが高いですね! そのような話ができる雰囲気づくりなど、コツはありますか?

早川さん弊社には、年齢や職位にとらわれずワイワイガヤガヤと腹を割って議論することを推奨する「ワイガヤ」という文化があります。それが浸透していますから、元から話しやすいムードがありますね。山内の発案で女性の健康課題に取り組む重要性についても管理職と「ワイガヤ」で活発な議論をしました。

山内さんワイガヤ文化もありますが、早川は2023年に1年間、自分の机がある職場ではなく工場に入り込んで現場の人たちと一緒に仕事をしたんですよ。飛び込むことにチャレンジし、培った空気もあると思います。

早川さん工場のトップの方にご理解いただき、実現できました。最初に工場に行ったときは、「なぜ保健職がここにいるんだろう?」と不思議がられましたけれど(笑)。

なぜ現場に行こうと思ったのですか?

早川さん皆さんがどういう環境で働いているのかを知りたかったんです。健康推進室にいると、必要なときに来ていただくだけです。話を聞きながら「大変ですね」と言うけれど、本当のところを分かっているとは思えませんでした。よく皆さんが「工場は暑くて大変」と言っていたんです。それを頭では理解していましたが、実際に工場で活動してみて「この暑さか!」と、その大変さが実感できました。

現場で活動するというのは私1人でできることではなく、他の保健職や工場長などたくさんの人とのワイガヤで、何度も話し合って実現しました。工場で1年過ごしたことで、工場で働く従業員と保健職との関係性もより密接になったと思います。現場での活動を経験したことで、従業員が体調を崩してから健康推進室に来る前の課題も見つけられて、今の鈴鹿に必要な取組を考えやすくなりました。本当に飛び込んでみてよかったです。

素晴らしいですね。そういった取組は、山内さんを通じて各事業所の保健職に共有されるんですか?

山内さんそうですね。情報として共有しつつ、取り入れたり、参考にしつつ別の方法を考えたりするのは、それぞれの保健職の判断に任せています。保健職が人事部所属になったときに健康推進室のトップから言われたのは、「寄り添う保健室にしてください」ということでした。会社から女性の健康課題などの今取り組むべきテーマの提案はありますが、それについてどのような施策をするかは、保健職がそれぞれ現場に寄り添う気持ちで考えます

男性が多い会社ですから、職場も自然に男性が働きやすい環境になっています。それを、産業医と保健職、さらに池谷が所属する人事部のキャリア・多様性推進室と協力し合って、女性も働きやすい職場にしていこうと努めています。

本田技研工業株式会社

事業輸送機器製造
従業員数/32,443名(本田技研工業単体、2024年3月末時点) 女性従業員比率/約1割

(※内容は2025年1月取材時点のものです)