現在、女性の採用に力を入れる日本交通では、2023年に女性従業員を中心としたプロジェクトチーム「さくら小町プロジェクト」が立ち上がりました。活動の趣旨は、女性が働きやすい職場を作り活躍の場を広げること、その取組を、女性だけでなく全従業員の働きやすさにつなげていくことです。活動メンバー2人にお話をうかがいました。
- 経営層からの投げかけで、女性の働きやすさを実現するための運営チーム「さくら小町プロジェクト」が立ち上がった
- 「さくら小町プロジェクト」メンバーが女性従業員の声を吸い上げ、施策の実現に尽力
- 運行管理者など、乗務員を管理する立場に女性が増え、現場レベルで女性の健康課題に積極的に配慮

100名規模の「懇親会」で清潔なトイレの情報を共有
日本交通には、女性の働きやすさを向上させるための社内プロジェクトチームがあるそうですね。
最上史織さん(以下、最上さん)2023年8月にスタートした「さくら小町プロジェクト」です。プロジェクトメンバーの多くは女性です。スタート時は12名でしたが、現在は14名で活動しています。主な活動内容は、女性が働きやすく活躍できる職場づくりのアイデアを会社に提案したり、女性従業員をエンパワーしたりすることです。女性の働きやすさを実現することで、最終的には男女問わず全従業員が働きやすい職場づくりに貢献していくことを目的にしています。
どのようにプロジェクトが発足したのか教えてください。
最上さん最初は経営層からの提案でした。タクシー業界は、労働集約型の産業と言われ、人材が最も重要な資産です。以前は年齢の高い男性が多かったのですが、2012年にはタクシー乗務員の新卒採用を開始し、現在は女性の採用にも力を入れているというように、従業員のすそ野を広げる努力をしています。そのような流れの中で、“男性向け”になっている職場に、女性が働きやすい環境を作り、活躍できる体制を作る必要があるという考えからスタートしました。
最初に本社勤務の女性に声が掛かり、HRM(Human Resource Management)プロジェクトの部署と一緒に、メンバーとなる女性たちに声を掛けました。社長からは、最初に「新しい風を吹かせてほしい」と言われ、女性従業員の自主性に任せていただきました。日本交通で働くすべての女性の声を吸い上げるのが目的なので、乗務員が所属する各営業所からは原則女性1人参加してもらえるように調整しています。「さくら小町プロジェクト」の名前は、最初のミーティングにメンバー全員がアイデアを持ち寄って決めました。「さくら」は日本交通の社章のさくらから、「小町」は、町で評判の娘という意味があるということから、私たちもお客様からも同僚からも愛されるチームになりたいね、と決めた名前です。
池田有里子さん(以下、池田さん)私は後から加わりました。私は「運行管理者」という国家資格を所持しており、普段は品川営業所で運行管理者をしています。乗務員の健康状態を把握したり勤務時間を管理したり、タクシーを安全に運行するためにさまざまな業務を行う仕事です。品川営業所全体を把握する立場として選んでいただきました。実は、「さくら小町プロジェクト」が立ち上がると知ったときから、私も参加したいと思っていたので、声を掛けていただいたときは本当にうれしかったです。
主な活動を教えてください。
最上さんメンバーのミーティングは月1回、オンライン開催をベースに行っています。メンバー自身が気づいたことや女性従業員の声をもとに、女性の働きやすさに関する課題を議題にします。話し合ったことは、会社に提案して施策として実行したり、それぞれの職場に持ち帰り現場レベルでできる改善に取り組んだりしています。女性従業員の意見を募るアンケートも実施します。アンケートは不定期に、聞いてみたいことができたときに行っています。日本交通で働く女性の紹介などをSNSで発信し、会社が女性活躍推進に力を入れていると社内外に伝えるのも、活動の一つです。
プロジェクトが発足して、良かったことを教えてください。
最上さん現場で頑張っているメンバーが、仕事をする中で感じたことや乗務員さんの声を共有できることです。普段から同じ職場の人たちと話して気になっていたことがプロジェクトで議論され、会社の施策として形になる機会としてとても貴重です。取り組みたい課題が本当にたくさんあって、ミーティングは話が尽きません。
池田さん私は、女性運行管理者の横のつながりができたのがよかったです。例えば、お客様からのハラスメントは、防犯カメラがあったり、緊急時にSOSボタンを押すことで無線センターに車内の映像がつながり警察に通報できたり、会社としての対応策はあります。営業所ごとにマニュアルもあるのですが、それだけではなく、自分の営業所で何かあったときに、他の営業所の女性運行管理者に相談できるネットワークがあることで、より細やかに対応できるようになりました。
昨年はイベントがあったと聞きました。
最上さん「さくら小町プロジェクト」が企画し、女性従業員全員に呼び掛けて「懇親会」を開催しました。広い会場を使ったリアル開催で、最終的に100名以上集まりました。目的の一つは、女性従業員の方々に、会社にはたくさんの女性が働いていると目で見てもらうことです。というのは、営業所単位になると女性が本当に少なく、“男性社会”だと感じがちです。実は社内にこんなにたくさんの女性がいるということを知ってもらいたいと思いました。
また、特に乗務員の仕事はお客様と対峙するので、緊張が続き、精神的にもハードですから、メンタルトレーニングの講師に来ていただき、心の整え方を学びました。その後は食事をしながら交流しつつ、参加者を募る際に事前アンケートとして聞いた「話し合いたい議題」から、要望が多かった「休憩スポットとトイレ事情」についてざっくばらんに話し合いました。
女性の集まりでトイレが話題になるのは、タクシー企業ならではですね。
最上さんそうですね。事前アンケートで、「おすすめの休憩スポットが知りたい」「きれいなトイレが知りたい」という声が多かったんです。事前におすすめの場所を共有してくれる方もいたので、それは資料化して、写真も付けてスライドで投影しました。女性の場合、休憩所やトイレは身だしなみを整えるために使うこともありますから、公共のトイレでも清潔感を重視したい方が多いんです。これまでは、営業所ごとに数名で情報共有していましたが、100名という規模で、広範囲の情報を共有できたのは、とても価値がありました。

プロジェクトがきっかけで
営業所に女性専用休憩室が誕生
「さくら小町プロジェクト」の提案で実現した、女性の健康課題に関する取組はありますか?
最上さん女性乗務員に営業所で心身ともにリラックスしてもらえるように、女性専用の休憩室を作りました。最初に取り組んだのは、板橋営業所です。弊社で最も女性乗務員が多い営業所ですが、女性専用の休憩室がなかったんです。板橋営業所のプロジェクトメンバーから、女性だけで気軽に話せる場所が欲しい、男性の目を気にせずにゆっくりしたいという声が挙がっていると聞き、プロジェクトチームで話し合ったうえで、板橋営業所の所長に相談しました。すると、営業所内に多目的になっていたスペースがあるので、そこを使えるという話をいただきました。どのような休憩所にするのかも、チーム内で話し合いました。コンセプトを「仕事とプライベートの両立」に置き、仕事後はドレッサーで整えて帰れるようにしたり、女性同士でちょっとした悩み相談をできるような休憩スペースを設けたり、女性に「自分たちのスペース」と思ってもらうための部屋を考え、総務部配属のプロジェクトメンバーが業者と話し合いながら形にしてくれました。
女性乗務員からは、「休憩室がオープンしたことで自分たちを大切に思ってくれている人たちがいると気づけた」という感想が聞かれました。ゆっくり休んでほしくて作った休憩室が、女性が大切にされているというメッセージになったのは、私たちにとっても気づきでした。

今はすべての営業所に女性専用の休憩室があるのでしょうか?
池田さんもともと女性専用の更衣室はありますが、休憩室は整えていこうと努力しているところです。私が勤める品川営業所は最も小さな営業所で、乗務員400名弱のうち女性が15名程度です。女性専用の休憩室はまだ作れていないのですが、板橋営業所の休憩室をきっかけに、更衣室の中にリラックスできるスペースを作ったり、シャワーを使えるようにしたり、新しいカーペットにしたり、営業所内で協力し合って女性が気持ちよく過ごせるように整えています。私も定期的に女性乗務員の方々に、足りないものがないかを聞くように心がけています。
女性が快適に働くというつながりでお話すると、会社の車は1台を1日ごとに2~3名で交代して使っています。私は1台をなるべく女性乗務員で共有できるようにシフトを組んでいます。車内清掃はしっかりとしていますが、女性が使った車を引き継ぐほうが、女性は気持ちがいいのではないかと考えたんです。女性運行管理者が増えると、そのようなちょっとした気遣いが増えると思います。
女性は少ないのに女性への配慮が増えると、男性から不満の声は上がりませんか?
池田さんむしろ、少ないからこそ大事にしてもらっています。品川営業所で女性乗務員のメンタルが心配されたとき、男性の上長に相談したら、女性だけのお悩み相談の場を設けてはどうかと提案していただきました。他の営業所でも、上長だけでなく、男性従業員の方々も、女性が困っていることがないか気にしてくださる方が多いと聞きます。
最上さん年配の男性乗務員の中には、女性や若い世代と働くことが良い刺激になっている方も多いと感じます。乗務員としてのキャリアを積むだけでなく、先輩として若い世代から教えを請われることで、新しいやりがいが生まれています。
女性従業員が増えることで本当に必要な配慮が増える
乗務員の方には生理痛が重い方もいるのではないですか? そのようなときはどうしているのでしょうか。
最上さん有給の生理休暇が制度としてあるので、利用できます。ただ、男性が多い職場だと、休暇を申請しづらいという問題もあります。新卒採用で入社した従業員は、最初は営業所に配属され、乗務員としてスタートします。入社時に有給の生理休暇の説明があり会社の体制に安心したのですが、実際に営業所に勤務してみると、「生理休暇を取得します」と上長に電話するのは恥ずかしくて勇気がいると気づきました。私が入社した2016年当時は、営業所の運行管理者など、取りまとめのポジションにほぼ女性がいなかったので、なおさらでした。その頃から、生理についての課題感はありました。
どのように解決していったのでしょうか。
最上さん会社が女性の採用に力を入れる中で女性の運行管理者が増え、女性の健康課題を個々にヒアリングし、シフトを配慮できるようになってきました。葛西営業所は、乗務員が全員新卒入社で構成され、新卒乗務員たちの活躍をマネジメントする基盤となる場所として開設し、運営されています。そのため、女性の運行管理者だけではケアしきれないので産業医に新卒の女性従業員の面談をお願いし、健康課題の事前把握に努めています。また、新人乗務員の教育係に当たる女性班長が、気にかけて話を聞いている営業所も多いです。社内に女性が増えることで、女性の健康課題を助け合えるようになっています。女性従業員が増えることで、会社の制度も、現場ごとの工夫も良い変化をしています。
タクシーは、決まった運行表がない分、急な休みも取りやすいのでしょうか?
池田さん交通インフラとしては、電車やバスが1本運行されない大変さと度合は違うかもしれませんが、乗務員は責任を持って会社の車を稼働させていますから、1台動かせなくなることへの申し訳なさは大きいです。今は、乗務員の数に比べて車が少ないので、自分が休んだことで動かない車があると、ほかの人が乗れる貴重な機会を奪ってしまったと感じる方もいます。運行管理者は、そういった気遣いから無理することもあると心に留めて、体調を気遣うだけでなく、お休みの際に迅速にシフトを変わっていただける方を探したり、心配しなくても大丈夫ですと声掛けをしたりするように努めています。
乗務員の不調はお客様の安全に関わりますから、そのような調整は大切な仕事です。女性の運行管理者や班長が増えて生理の悩みを言いやすくなってきましたが、まだ十分だとは思っていません。女性が自分の体のことで申し訳ないという気持ちにならないように、管理する立場にもっと女性が増えるといいと思います。
妊娠中の乗務員には、どのような配慮がありますか?
最上さん運転できないので、営業所の内勤補助をしていました。ただ、運行管理者は国家資格がないとできないので、補助といってもできることが限られてしまう課題がありました。そこで昨年から、「さくら小町プロジェクト」の働きかけで、無線センターのデスクワークに配置替えするようになりました。電話やメールでお客様の問い合わせに対応する仕事で、メールの担当をしています。営業所の補助だと出社が必須ですが、無線センターのメール対応は在宅でもできます。
妊娠中の女性乗務員を一時的に無線センターに配置替えする施策の副効果として、自分が携わってきた業務以外を学べることが分かりました。今、妊娠中の乗務員が1名、無線センター勤務になっていますが、それまでは自分が配属されている営業所のことしか知らなかったけれど、他の営業所への問い合わせにも対応することで視野が広くなったとのこと。出産後はまた乗務員の仕事を希望していますが、無線センターでの経験を役立てたいと言っています。
乗務員は、子育てと両立できるようにシフトを組めますし、業務の引き継ぎがないので仕事の後もサッとお迎えに行かれて、実は子育てと両立しやすいんです。自分の運転スキルでバリバリ稼ぐという意識が高いシングルマザーの乗務員も多く、皆さん、本当にかっこいいんですよ。
タクシー業界は男性社会のイメージが強かったため、女性が活躍していることに驚きました。
なぜタクシー業界を志望したのですか?
池田さん私は2021年、新型コロナウイルスの感染拡大時に入社しました。就職活動のときに、大学の先輩から入社後も自宅待機が続き会社の人と直接話していないと聞き、そのような社会人1年目は悲しいと思いました。タクシー業界は人に会える仕事だと考え、志望しました。乗務員として勤務しているときは、自分で考えながらマイペースに仕事できるのが楽しかったです。運行管理者になってからは、日々、乗務員の方々と対話をする中で信頼関係が生まれて、お互いの仕事がやりやすくなっていく、その積み重ねがやりがいになっています。どちらもまったく違う種類の楽しさがあって、大好きな仕事です。
最上さん私は、かっこいい仕事だからです。高齢化が進む中で、社会のインフラとしてタクシーができることはたくさんあると思います。そういった社会的意義の高い仕事として、やりがいを感じます。また、タクシー業界では、若い人材や女性が増える過渡期だからこそ、業務に真剣に取り組む思いは先輩方と同じなのですが、私たちの行動一つ一つが業界の大きな風になっていく実感があります。女性のお客様から、女性乗務員さんがいてくれて良かったというフィードバックをいただくことも多く、それが自分たちの存在価値や自信を高めてくれます。私たちが働くことで、女性乗務員や若い乗務員がいるのが、街の当たり前の風景になっていく、そんな変化の最前線で、仲間と切磋琢磨できる職場です。健康課題への取組も含め、私たちが協力し合って女性が働きやすい職場をつくることで、タクシー業界で活躍する女性が増えるとうれしいです。
事業タクシー・ハイヤーによる一般乗用旅客自動車運送事業
およびマネジメント、自動車整備事業ほか
従業員数/12,200名 女性従業員比率/7%(2024年5月現在、連結)
(※内容は2025年1月取材時点のものです)