企業の取組事例 Case study

2025年4月に「セルフケア休暇・出生支援休職」を導入。生理の不調や不妊治療で休みやすく

[東急電鉄株式会社]

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2024年10月に「東急電鉄ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)方針」を発表し、数々の女性の健康課題に対する施策の導入を推進している東急電鉄。「施策の導入は風土醸成とセット」という同社の取組についてうかがいました。

POINT
  • 新たな休暇制度導入時に、上司・監督者層向け研修と女性従業員向けの研修をそれぞれ実施し、休暇取得に向けた心理的安全性を確保する環境を整えた
  • 女性特有の健康課題に特化した相談窓口を新設。女性が少なく、周りに相談しにくい環境にある従業員のニーズに応えた
  • 従業員用女性トイレに生理用品を設置。緊急時に限定せず、勤務中はいつでも使用可能にした
入江孝彦さん、宮嵜朋美さん、城村聖香さん写真
右から、東急電鉄 経営戦略部 労務ES課 兼 東急 人材戦略室 人事企画グループ 主事 入江孝彦さん、東急電鉄 経営戦略部 労務ES課 課長 宮嵜朋美さん、経営戦略部 労務ES課 城村聖香さん

生理休暇の名称を変更。性別関係なく体調管理に利用できる「セルフケア休暇」に

2025年4月に「セルフケア休暇・出生支援休職」を導入しましたね。どのような制度か教えてください。

城村聖香さん(以下、城村さん)「セルフケア休暇」は、もともとあった休暇制度の名称を変えた上で、取得事由と対象者を拡張した制度です。以前から、生理の不調や妊娠中に使用可能な休暇はあったのですが、2025年4月に名称変更をして性別に関係なく、体調管理のために幅広く利用できる休暇制度にしました。生理中もしくは妊娠中の体調不良では日数制限なく取得でき、生理や更年期に伴う不調の治療・予防などの事由では性別に関わらず年間13日まで取得可能です。

どのような事由を想定していますか?

城村さんまず、生理休暇としての利用です。以前から生理休暇は制定していましたが、女性が少ない職場では「生理休暇」という名称では申請しづらいという意見がありました。名称変更をしたことで、今まで申請しづらかった方にも利用してもらいたいと思っています。また、PMSや婦人科の受診など、女性の健康課題に幅広く適用しています。「セルフケア休暇」という名称は、自分の健康に目を向けてもらいたいという気持ちを込めています。

入江孝彦さん(以下、入江さん)性別を問わず誰もが健康のために利用できる休暇です。弊社は、駅係員や乗務員、技術員といった現業職の従業員が圧倒的に多く、宿泊を伴う勤務もあるため、生活が不規則になりがちです。慢性的な痛みがあったりよく眠れていなかったりしても我慢してしまう方もいますから、休暇制度が通院やカウンセリングのきっかけになってほしいです。

「出生支援休職」とは、どのような制度でしょうか?

宮嵜朋美さん(以下、宮嵜さん)性別に関係なく、不妊治療を受けている従業員が利用可能な制度です。最大1年間取得可能で、連続して取得することも、数カ月単位で分割して取得することも可能です。不妊治療のために退職を検討する従業員もいたことから、治療に専念するための制度を検討しました。同業他社に同様の制度が導入されているケースもあったことから、参考にしました。

二つの制度導入の際には、まず上司や監督者層以上を対象に研修を行い、女性の健康課題や不妊治療について説明した上で、そのような悩みをサポートするための制度が導入されるので現場でもきちんと対応してもらいたいと伝えました。女性従業員向けにも研修を行いましたが、そちらでは「上司や監督者層も研修を受けています。必要なときにはぜひ利用していただきたいし、過去に理解を得るのが難しかった場合でも、マインドセットが変わっているので改めて相談してみてください」と話しました

入江さん新しい制度は、導入と風土醸成がセットだと考えています。休暇や休職は「相談しても構わない」という心理的安全性の確保が重要ですから、上司や監督者層のリテラシー向上もしっかりと行います。また、事業所が多くありますから、すべてにしっかりと伝わるように、継続的に理解促進に努めています。

女性のヘルスケア相談窓口も開設されたそうですね。

城村さん従来から保健師に幅広い症状で健康相談できる窓口はありましたが、昨年9月に、保健師による女性の健康課題に特化した相談窓口を新設しました。女性が少ない職場が多く、周りに相談できる人がいない一方で、女性の健康課題は「この程度だけれど医師に相談してもいいのかな?」と感じるケースも多く、受診までのハードルが高いという声が寄せられていました。ですから、気になったときに相談できるように、「女性のため」と銘打ったヘルスケア相談窓口を新設しました。

保健師は社内の診療所などに常駐しているのでしょうか?

入江さん東急グループには、東急線大岡山駅直結の企業立病院「東急病院」があり、従業員と家族だけではなく、地域の方々にもご利用いただける形で運営しています。相談窓口は東急病院と連携して作ったもので、保健師も東急病院に常勤しています。予約をした上で、病院で直接相談することも可能ですし、電話やメールでの相談も受け付けています。

グループに病院があるのは心強いですね。

城村さん東急病院との連携により施策を強化できるのは、弊社の健康経営の強みです。東急病院の常勤産業医が定期的に東急電鉄の各職場を訪問して、健康相談も行っています。以前、私は駅の勤務でしたが、ひどい貧血で駅務室からホームまで階段で上がるとめまいを起こすことが多くありました。そのため、勤務していた駅に産業医が来るときに、上司から「相談してみてはどうか」と提案されました。私自身に医師に相談するような病気ではないという思い込みがあったのですが、相談すると治療で改善することが分かりました。現在は鉄剤を服用することで、症状が安定しています。

産業医の健康相談はもちろんですが、私の体調を気に留めて相談を勧めてくれた上司にも感謝しています。良い制度があるだけではなく、上司や監督者層が部下に使用を促す風土があることで必要なケアが行き渡ることを、私自身が経験しました。

城村さんは、駅の勤務も経験しているのですね。本社ではなく現場に勤務する女性も多いのですか?

入江さん1999年に労働基準法から「女子保護」の規定が撤廃され、女性も休日や夜間の労働が可能になりました。1985年の男女雇用機会均等法制定を追い風に、弊社の前身である東京急行電鉄では、1988年から夜勤を伴わない総合職として女性の採用を始めていましたが、2000年代初頭からは、夜勤のある駅係員や乗務員、夜間作業を伴う保守点検作業などを担う技術部門でも、男女の区別なく採用をしています。とはいっても、まだ女性の割合は少ないのですが、徐々に増えていますね。近年は女性の駅長や副駅長も誕生しています。

現在、全社で約300名の女性従業員が働いていますが、そのうち約180名が駅職場や乗務職場に勤務しています。そして、100名程度が本社勤務、残りが整備や点検などを行う技術部門になります。

勤務地も働き方も違うと、健康課題へのサポートの仕方も変わりそうですね。

城村さんそれは弊社のように、さまざまな働き方がある企業にとって重要な観点です。施策の一つとして、外部企業と提携して、女性の健康課題をサポートするアプリを導入しました。記録した体調のAI分析、医療機関の検索やAIチャットへの気軽な相談ができるアプリです。特に不規則な勤務をしている女性は身体的な負担を感じていると思いますから、個人の体調に合わせて使ってほしいです。2024年下期には、アプリ導入の周知も兼ねて、女性従業員向けの研修を行いました。

宮嵜さん開催はオンラインではなく対面形式のみにしました。以前から、女性が少ない職場で働く従業員からは他職場の女性と交流する機会を設けてほしいという要望がありましたし、オンラインよりも対面のほうが自分事として考えてもらいやすいと考えました。アプリの提供会社から講師を招いたのですが、女性同士のディスカッションやグループワークが多く、横のつながりができる良い機会になりました。

研修後のアンケートでは、次は体験談を聞いてみたいといった意見が寄せられたので、女性従業員に登壇してもらいつつ、参加者同士の交流もできるようなプログラムを予定しています。いろいろ試行錯誤しながら、研修は継続していきたいですね。

入江さん2024年は、女性向けとは別に、部門長や課長級を含む、上司や監督者層向けの対面研修も開催しました。一度に多くの従業員に集まってもらうことは難しいため、まずは女性従業員から相談を受ける上司や監督者層に女性の健康課題や会社の制度を知ってもらう機会を作りました。研修後のアンケートでは、女性の健康課題を会社の取組と合わせて聞けてよかったなど、ポジティブなコメントが多かったです。最初にお話したように、「セルフケア休暇・出生支援休職」導入の際にも、上司や監督者層にも説明していますが、このような研修は、上司や監督者層だけではなく、さまざまなレイヤーの方々に展開していき、理解者を増やしていきたいと思っています。

男性向けの研修だけではなく、女性のマインドセットの改革も必要

駅の勤務や運転士といった現場の仕事特有の問題もありますか?

城村さん生理用品の問題がありました。乗務員は各駅の従業員用トイレを使用することがあるのですが、そこには乗務員が私物を置けるロッカーはありません。駅職場でも、トイレと私物を置く場所が近いとは限りません。生理用品を制服のポケットに入れると目立ってしまうため、お客さまの前に立つときに気になっている従業員も多くいました。

そこで、2024年から一部の駅職場や乗務職場に、従業員が無料で使える生理用品を設置しました。最初はトライアルだったのですが、「続けてほしい」という声が届いたことから、トライアルを継続し、設置する職場を増やして本施策として実施しています。先ほどお話しした通り、生理用品を持ち歩きづらい仕事の方も多いですから、突然生理になってしまったというような緊急時に限定せず、勤務中は自由に使ってもらっています

入江さん弊社が指定しているECサイトがあり、各職場で使う備品はそこから注文できるようになっています。生理用品も、それぞれの職場で好きなものを購入すると、1カ月分まとめて本社に請求されます。この方法は、従業員が個人で経費精算する手間が省けるだけではなく、それぞれの職場でどれくらい利用されているのかを知ることができるメリットもあります。生理用品は利用率が非常に高く、ニーズが高い施策だったことが分かりました

宮嵜さん実は、生理用品の取組が、女性の健康課題に真剣に取り組み始める発端でもあるんです。生理用品を職場のトイレに置く施策は、先に親会社である東急株式会社で始まりました。ニュースで他社でも行っていることを知って、弊社でもトライアルで始めたいと提案しました。スムーズに決まると考えていたのですが、意外に苦労したんです。

どのように苦労したのですか?

宮嵜さんなかなか理解されず説明を重ねる必要があり、思っていたよりもスタートが遅れました。その経験を通じて、多くの男性は、生理についての知識がほとんどないということに気づきました。女性が生理のときにどのように働いているのかを知る機会がない男性も多く、中には一部、生理中は皆が休暇を取得していると思っている方もいたのですが、その方々にとって「なぜ会社に生理用品を置くのか」というのは純粋な疑問だからこそ、その必要性を伝えることが難しい部分がありました。

女性のマインドセットの問題もありました。当課で生理用品設置を提案したら、女性から「なぜ会社がそこまでしてくれるのですか?」「こんなにわがままを言ってもいいのですか?」という反応が返ってきました。勤務している従業員が困っているなら会社はサポートするべきだと説明すると、徐々に考えが変わりました。

最終的には、地道に説明を重ねてスタートできましたが、女性の健康課題について、男女それぞれにアプローチしなければいけないと気づきました。まずは、女性の健康課題に理解のある職場を作る必要があります。また、突発的な休みを「申し訳ない」と思う女性も少なくありませんから、休みやすい雰囲気をつくるだけではなく、女性のリテラシーも向上させて、休まなくてもいいように個々で体調管理ができるようサポートしたいと思いました。女性同士が情報交換しやすい雰囲気づくりも必要でしたし、やらなければならないことはたくさんありました。

生理用品の設置は2024年ですね。そこから1年ほどで、多くの施策をスタートしています。スピード感を持って進められた理由があるのでしょうか。

宮嵜さん2024年10月に弊社は「東急電鉄ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)方針」を策定し、発表しました。その中に、女性の健康課題への支援も含まれています。会社として、社内外に新しい姿勢を示したことが大きかったです。同業他社で取り組み始めていたことも、後押しになっています。

同業他社とは情報交換する機会も多いのですか?

入江さんそうですね。市民の生活を支える大切なインフラですから、鉄道会社は競い合うよりも協力し合う意識が強いです。セクションによっては、各社の課長級や担当級それぞれで定期的に集まる会議が設定されているなど、情報交換をする機会に恵まれています。

城村さん私は運輸部在籍中に、他社との意見交換の場で現場の困りごとをどのように解決しているのかをうかがう機会がありました。そのときに女性従業員の健康課題についての話題になり、体調管理に活用できるアプリがあると教えていただいたことが、弊社への導入のきっかけにもなりました。

企業として、女性の健康課題に取り組むことは、どのような意味がありますか?

宮嵜さん一つは、将来に向けての人財確保のために、女性が働きやすい環境を整えるということがあります。また、女性の活躍をサポートすることで、ビジネスに女性の視点も生かしていきたいという思いもあります。東急線沿線はファミリー層が多く、女性や育児中の方々に向けたサービスへのニーズがあります。社内の女性の困りごとが、そのままお客さまの困りごとへのサポートにつながりますから、遠慮せずに発言してもらえる空気をつくりたいですね。

城村さん従業員向けのトイレに生理用品が設置されたことで助かっているため、お客さまのトイレにも設置したいという声も上がっています。設置するためにはさまざまな検討課題がありますので、すぐに実現できるわけではありませんが、「自分たちが助かったことを、お客さまにも提供したい」という前向きな提案があることはうれしく感じます。

入江さん女性の健康課題に関しては本当に取り組み始めたばかりで、やらなければいけないことは、まだたくさんあります。さまざまな施策の導入は、職場の理解があってこそ可能になります。そのためには、研修などを利用して社内の啓発を地道に重ねていきたいと思います。

東急電鉄株式会社

事業鉄軌道事業
従業員数 3,623名 女性従業員数/267名(2025年3月31日時点)

(※内容は2025年10月取材時点のものです)