東京都が2023年に企業に対して行った調査では、女性特有の健康課題へのサポートを行う上での課題の1位は「何をすればいいかわからない」(27.5%)でしたが、次いで「他の従業員への業務負担が生じる」(20.8%)が多く、「男性従業員の関心がない」(9.7%)、「管理職や経営者層の賛同が得られない」(7.2%)という回答も見られました(関連記事:生理やPMS、更年期……職場における女性の健康課題を徹底調査)。このように企業内には、女性の支援策について後ろ向きなマネジメント層や無関心な男性が一定数いるため、働く女性や人事担当者などが職場に提案をしても、うまくいかないケースは多くあるようです。産婦人科医であり、産業医として女性の健康支援に取り組んでいる飯田美穂先生に聞いたアドバイスとともに、働く女性と、人事や総務などの担当者、フェムテックサービスを提供する会社から集めたコメントを紹介します。
働く女性の声
※コメントは漢字や表現など一部変更しています。
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女性従業員が低用量ピルを服用する際、費用を全額補助する企業についてニュースで取り上げていたのを見て、自分の職場で希望を出してみたが、却下されただけでなく「ピルを飲むほど“お盛ん”な生活らしい」と陰口を言われた。低用量ピルは月経困難症の治療薬として国に認められているのに、男性や年齢層が高い人の間で誤解や偏見があると思う。
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私は、企業向けフェムテックサービスの会社(生理や更年期の不調を抱える従業員に対して、オンライン受診や服薬支援などを行う)で働いているが、このサービスをトライアルで導入した企業が、欠勤率が減ったり、仕事の生産性が上がったりするなど、はっきり効果が出たにもかかわらず、正式契約しようとすると、意思決定者が“特に理由もなく”服薬支援に反対し、導入を見送られてしまった。また別の会社では、「当社は営業がメインの会社で、会食やゴルフが業務として大切なので、基本的に女性は重要なポストにはつけないし、結婚したら辞めるものと思っているので、女性の健康課題にはあまり取り組んでいない」とも言われた。
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忙しい仕事中、急に生理になると大変困るので、生理用ナプキンの自販機を社内のトイレに設置してほしいと会社に提案したが、「管理する人がいないし、個人があらかじめ用意しておくべきものだから」と通らなかった。だったら、お菓子やパンの自販機も撤去したらいいのにと思う。
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生理だけでなく更年期にも使える休暇制度や、不調時の業務量の配慮など、さまざまな要望を人事に出しても「人手不足だからねぇ」「決定権のある役員は男性ばかりだからねぇ」と、結局、すべてNG。ヒアリング制度があっても形だけだと分かり、職場に期待をすること自体、もうあきらめてしまった。
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「男女平等の時代なんだから、支援制度も男女平等に」と、女性のみの支援制度は認められないという。会社のホームページでは「DE&Iの推進」を掲げているが、「Equity(公平)」の意味もわからずに書いている模様。今の時代、すべての人に同じ機会を与える「平等」だけでなく、多様性を認め、ニーズに応じて適切なサポートをする「公平」の視点が必要だと思う。
企業担当者の声
働く女性だけでなく、人事など企業側の担当者も、女性の健康支援の導入には障壁を感じ、もどかしさを感じているようです。
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全員が使える制度でないと社員から不満が出てくるため、女性に限定した制度は新たに採用しづらい。実際には、育児休暇や介護休暇、禁煙補助など、対象者が限定された制度はすでにあるのだが、「女性の健康のため」というと、風当たりが強くなってしまうのが実情。
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女性向けに健康支援策を導入しようとすると「私だって我慢してきたんだから、皆、我慢すべき」「今の子だけ優遇するのはずるい」「そんなサポートなんて必要ない」と、主に年配女性から横槍が入ってしまう。もともと生理がつらくなかった人や、年齢を重ねて症状が軽くなった人、閉経して「自分ごと」でなくなった人達のほうが、声が大きく社歴も長い傾向にあるので、無視することができない。
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女性の健康支援策を充実させるとコストがかかるので、だったら女性の採用自体を減らしてと、現場だけでなく顧客からも言われてしまう。
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女性社員からの要望もあり、生理や更年期について学ぶ社内セミナーを開催したが、そもそも一番理解していない層(男性管理職や役員など)の参加率がとても低く、あまり意味がなかった。女性の健康課題について職場全体の理解を進める道は険しいと感じた。
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時間管理で給与や報酬を決める人事制度なので、生理や更年期の不調で仕事を休むと、どうしても女性本人の収入や評価に跳ね返ってしまう。時間でなく成果で評価する人事制度に変えないと、つらくても休めない、相談もしづらいという状況は今後も変わらない。しかし人事制度を抜本的に変えるのも難しい。
産業医・産婦人科医から
生理期間中の症状が非常に強く、日常生活に支障をきたす場合「月経困難症」と診断されますが、医療機関を受診する女性は少なく、治療で使われる低用量ピルの服用率も、日本は他の先進国に比べて低いという課題があります。
国全体でも「がんサバイバー」など、治療と仕事の両立に前向きに取り組む動きは広がっています。健康は個人の問題だけではなく、社会的な問題といえるのです。しかし、セミナーでも紹介しましたが(関連記事:【アーカイブ動画公開中】女性の生理と更年期の悩み 知識をつけて働きやすい職場に!)、知識不足や忙しさなど、様々な要因で医療を受けられない働く女性は多くいます。「DE&I(ダイバーシティ:多様性、エクイティ:公平性、インクルージョン:包括性)」の重要性がSDGsの観点からも訴えられている今、女性と男性の身体の違いやそれぞれの健康課題を認め、企業においても適切なサポートが行われることが望ましいです。女性特有の健康課題で悩み、仕事に影響が出てしまったり、放置して重大な病気につながったりする女性が少しでも減るよう、より良い職場づくりが進むことを願っています。

2008年慶應義塾大学医学部卒。2010年同大学医学部産婦人科学教室に入局し、産婦人科医としての研さんを積む。2017年同大学大学院医学研究科修了、医学博士取得。2018年同大学医学部衛生学公衆衛生学教室助教。2021年同講師。女性ヘルスケアの向上に資するエビデンス創出のための疫学研究や、企業における女性の健康支援に従事。女性の健康を社会医学・公衆衛生の側面から取り組んでいる。産婦人科専門医、女性ヘルスケア専門医、社会医学系指導医、日本医師会認定産業医。