大企業は組織が大きく、経営が安定していることが多い反面、前例主義で意思決定が遅い、保守的でイノベーションが阻害される、従業員や組織のモチベーションや生産性が低下する……といった「大企業病」が、経営の分野やメディアで指摘されています。そしてこの大企業病の傾向は、働く女性の健康課題についても見られるようです。前回は中小企業で働く女性ならではの悩みについて紹介しましたが(関連記事:中小企業で働く女性ならではの悩みとは?)、今回は大企業の女性の声と、産婦人科医・産業医として女性の健康支援に取り組んでいる飯田美穂先生のアドバイスを紹介します。

4コマ漫画。「生理休暇の名所変更を会社に提案します!」と意気込む女性。「え…大変だと思うよ。10件以上のデータつきの提案書が必要になるし…」と返す男性。「作ります!」1週間後。「作りました!力作です」「ほんとだ すご…。…提案はするけどかなり時間がかかるのを覚悟してね3ヶ月後「提案の件どうなりました?」「まだ稟議中で10ステップ以上控えてるから…このペースだとあと2年はかかるかも」「2年…」と崩れ落ちる女性。「早くて2年…ね」と返す男性。「崩れ落ちるの分かるわー」
漫画/さわぐちけいすけ

働く女性の声

※コメントは漢字や表現など一部変更しています。

  • 女性用トイレに生理用ナプキンを常備するのはいいアイデアだと思ったが、全社で導入すると大きなコストがかかってしまい、また本社の一部だけで導入すると不公平になってしまうということで、結局、見送られた。他社で行っているような生理研修も、「多忙な部署の負荷となるので無理」などの反対意見が出たそうで通らず、大きな組織を動かすのは本当に難しい。男性育休のように国が義務化すると、男性育休取得者の交流会などを開いているようだが、女性従業員からの提案では潰されてしまう。

  • 財閥系の大企業だが、労働組合もなく、現場の声が届きにくいと感じている。また女性が多い職場なのに、上司はコンプラ意識の低い中高年男性ばかり。若手スタッフは「男性上司に生理など身体のことは絶対に知られたくない」と言っており、私も気持ちは分かるのだが、生理休暇などの制度を利用するためには伝えざるを得ないのが現状。プライバシーが守られるシステムや、女性専用の窓口が必要だと思う。

  • 以前の職場は中小企業で、従業員同士が人間関係を大切にし、助け合う環境だったので、特に制度がなくても、生理などで体調が悪ければ休めたり、何かあればお互いにサポートしたりしていた。大企業に転職したら、実際には使っている人がいない名ばかりの制度ばかりで、生理休暇も取れないことに驚いた。

  • 社内ポータルサイトに「会社への要望・改善策を募集中」というコーナーがあり、生理休暇の名称変更などを提案してみたが、全く何も変わらない。良い会社風のアピール、ポーズだけ。

  • 制度が導入されても、実際に普及しない・利用されない例が多いと感じている。大きな組織の中で、いかに社内に浸透させるか、活用を促進させるかが難しい。

  • 大手企業だが産業医でさえ、女性の健康課題について理解していない。あるいは企業側の味方をして、従業員の苦痛を見ようとしていない。これが改善されなければ、企業の中で理解も進まず、制度もサポートも始まらないと感じている。

  • 女性の非正規雇用が増えた結果、女性の健康や課題について、自社の問題として会社は見ていない。女性が就きがちな業務はアウトソーシングされ、委託先は「時間」単位の切り売りで、働く「人」として誰も把握しない状況が大きな問題だと思う。

  • 更年期と親の介護が重なる女性従業員がたくさんいるが、福利厚生で充実しているのは、生理やマタニティ、子育てなどで、更年期など40代以上の女性へのケアは少ない。「女性を支援している」と会社は標榜しているが、実際には若い女性向けだけ。

産業医・産婦人科医から

大きな組織では制度が導入されても周知が難しく、利用されにくいという事業者の悩みは私も聞いたことがあります。導入した背景や制度を活用するメリットについて、担当部署だけでなく経営層がきちんと理解し、全社的に発信すると推進されやすくなります。さらに産業医・産業保健師、社内診療所など専門家の声も使って伝え続けると、徐々に活用が広がるようです。

産業医は内科を専門とする医師が比較的多く、女性特有の健康課題については必ずしも専門ではない場合もあります。しかし私が産業医を対象とした学会などでの啓発に務めている中では、女性特有の健康課題に関する意識が確実に高まっているように感じます。さらに、健康課題に悩む女性従業員が多い企業では、婦人科の産業医を別に選任したり、地域の婦人科医やオンラインサービス、相談窓口などと契約したりするケースもあります。

女性特有の健康課題による損失は従業員・企業の双方にとってとても大きいので、健康診断後の事後措置や産業保健師による面談などを通して、従業員のリアルな健康状態やニーズを把握することが重要です。その上で、自社に必要な対策を検討し、相談しやすく受診しやすい環境づくりを目指して頂ければと思います。

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飯田美穂さん
慶應義塾大学医学部衛生学公衆衛生学教室 講師

2008年慶應義塾大学医学部卒。2010年同大学医学部産婦人科学教室に入局し、産婦人科医としての研さんを積む。2017年同大学大学院医学研究科修了、医学博士取得。2018年同大学医学部衛生学公衆衛生学教室助教。2021年同講師。女性ヘルスケアの向上に資するエビデンス創出のための疫学研究や、企業における女性の健康支援に従事。女性の健康を社会医学・公衆衛生の側面から取り組んでいる。産婦人科専門医、女性ヘルスケア専門医、社会医学系指導医、日本医師会認定産業医。