不調を抱える女性従業員を減らす近道!
朝食欠食者を減らす。栄養おやつの提供も
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生理に伴う不調だけでなく、不定愁訴と呼ばれる原因不明の不調で思うように仕事に集中できないなど、パフォーマンスの低下に悩む女性は多くいます。こうしたプレゼンティーズム(出勤しているけれど生産性が落ちている状態)に対して、職場で対策できることはないでしょうか。東京をはじめ、全国5都市で働く女性の「保健室」事業において行ったアンケート調査や健康測定結果を基に、健康保険組合や企業の健康経営をサポートしている医療・保健の専門家集団、一般社団法人ラブテリ代表の細川モモさんに話を聞きました。
大都市圏で働く女性348人を対象にしたラブテリの保健室事業のアンケート調査によると、仕事で約7割しか力を発揮できていないと感じている女性が8割もいて、3人に1人が同僚と比べて自分の仕事のパフォーマンスに自信がないと感じていることが分かりました。
「仕事のパフォーマンスに自信のない人たちに共通していたのは、精神的アップダウンや、肌荒れ、生理痛、背中・腰の関節の不調など、不定愁訴を抱えている点でした。そして、仕事への自己評価や生産性に自信のある“健康エリート”の群と比べると、自信のない彼女たちには朝食を食べていない、やせている、睡眠不足という共通点がありました。こうした結果を踏まえ、私たちが総合的に検討した結果、働く女性たちが抱える不調を効率よく改善するためには、まず、①朝食を食べるようにすることと、②必要な栄養・エネルギーを摂取できるようにすることが重要、との結論に至りました。女性本人や企業の方々に食事と不調の関係について学んでもらう機会づくりのほか、企業、社会に対しては支援策などを提案しています」。ラブテリ代表の細川モモさんはこう話します。
朝食を抜いている女性は
不定愁訴が多く、生産性に自信がない
細川さんらの調査では、生産性の高い女性従業員は健康状態に自信があり、「健康状態に自信がある」と回答した女性従業員の共通点は、「食事づくりスキルが高い(料理をする)」「よい健康習慣を実践できている(階段を使う、運動をするなど)」「栄養摂取状況や健診結果が良好」「長く働き続ける自信がある」ことなどが分かっています。
日々の生活スタイルが個人の健康状態を左右することは誰にも異論がないところしょう。しかし、これを個人だけに任せるのではなく、従業員がそうした生活スタイルを実践できる環境を会社が支援するような動きも出てきています。さらに、これは単なる福利厚生ではなく、人的資本への投資だとする新しい考え方も登場しているようです。
「朝食欠食者を減らすこと、エネルギー・栄養不足者を減らすことは、従業員の健康度を上げ、医療費を抑えることに直結します。企業の医療費負担にとって避けたい病気のひとつは糖尿病ですが、近年、日本のやせている女性の耐糖能異常の割合は米国人の肥満女性より高いことが順天堂大学の研究で明らかになりました(※1)。企業にとって、従業員の不調を減らして健康度を高めることは、仕事への満足度を上げ、エンゲージメントを高めることにつながりますし、生産性の向上にもつながる近道だと思います」(細川さん)。
- ※1J Clin Endocrinol Metab. 2021 Apr 23;106(5):e2053-e2062.
朝食抜きは、エネルギー・栄養不足
冷えや生理痛悪化の原因にも
ではなぜ、朝食欠食が女性従業員の不調の原因になるのでしょう?
日本人の20、30代女性が、そもそも必要なエネルギーを摂取できていないことは、長年の国民栄養調査が示しています。その結果、20代女性では5人に1人がBMI(体格指数)18.5未満の「やせ」に該当します。
「やせている人は、言い換えれば、エネルギー不足の可能性が高いということです。エネルギーが足りないと、体の機能を正常に働かせることができず、体温が下がりやすく、血流も悪くなり、多くの女性が悩む冷えにも直結します。ひどい生理痛を抱えている人が多いことも分かっています。エネルギー不足は、食事の量が足りないわけですから、補給される栄養素も不足します。特に鉄の不足は深刻で、貧血に直結します。貧血になるとうつ状態を招きやすく、メンタル不調者を増やすことにもつながってしまいます」(細川さん)。(関連記事:病気ではないけれど快調でもない“なんとなく不調”。女性に多い「不定愁訴」への対処法は?)
また、やせすぎると生理も止まってしまうため、将来の不妊や骨粗しょう症のリスクも上がってしまいます。しかし、若い女性は美容面を気にして食事制限をしようとする人が少なくありません。
「そもそも食事摂取量が少ないところに朝食を抜くと、もう栄養不足を避けようがありません。また、朝食を抜くと昼食時に血糖値が上がりやすくなり、若いうちから糖尿病予備軍になってしまいます。前述のように、日本のやせている女性は米国の肥満女性より糖尿病になりやすく、この高血糖の状態は排卵障害を招きやすいために不妊のリスクも上げてしまいます。このように朝食欠食の影響は、将来の医療費負担の増加にもつながっていくわけです。
一方、朝食欠食していた人に朝食をとる習慣をつけてもらうと、やせ率が改善し、生理痛も減り、冷えが改善することが分かっています。女性従業員に朝食で高たんぱくヨーグルトを3カ月間食べ続けてもらった検証では、生理痛や鎮痛剤を服用する回数が減り、周囲の人に優しくなれたという感想が寄せられました。これだけを見ても、朝食欠食の従業員を減らすことは意味があると思いませんか?」(細川さん)。
たんぱく質も加えた簡易な朝食提供
残業前に「食事をとる」よう声かけも
細川さんは、会社ができることとして「食事を取らないことの問題点についての知識を持たせること」とそれが実践できる環境支援として、「簡易な朝食を提供すること」を提案しています。朝食提供の際気をつけたいのが、炭水化物だけでなく、たんぱく質も一緒に取れる食事内容にすること。「たんぱく質を足すことで、健康の重要なカギを握る体内時計を整えるのに必要なセロトニンという物質の原料が補給できます。また、多くの女性は筋肉量が足りていません。たんぱく質を取ることで、体の発する熱産生が上がり、冷えの解消につながりますし、筋肉量の低下を予防し体脂肪とのバランスが整いやすくなります。たんぱく質を多く含む卵、乳製品、肉、魚、大豆などの食品には、微量栄養素も多いため、栄養が足りていない女性たちの栄養補給の面からも重要です。とくに魚に含まれる油には炎症を抑える働きがあるため、生理痛やうつを予防・改善する働きがあることが研究で分かっています。鮭フレークやシラス、サバなどが具材のおにぎりなどは、女性に勧めたい手軽な朝食メニューの候補です」(細川さん)。
また、朝食を抜く女性従業員の背景に、「残業で夕食が遅くなるため朝、空腹感がなく食べられない」という声も多いそうです。「残業後、夜遅くまで開いている店で焼き肉などの油っぽいものを食べてしまうような人が少なくありません。朝食を食べるには、夜の食事のタイミングと量も大事。ですから職場では、残業をする必要があるならその前に夕食を食べるように上司が声をかけたり、食事をとるために外出するのを許可したりすることが実は大切なんです。残業時には、早い時間にバランスのいいお弁当をとるなどの支援もいいですね」(細川さん)。
一方、夜遅く食べざるを得ないときに、カロリーを気にして春雨などカロリーの低い食品を選ぼうとする女性もまた多いといいます。「女性たちに、そもそもエネルギーや栄養が足りていないことが、体調の悪さや生理痛・PMSの悪化につながっていることを知ってもらう必要があります。カロリーのない食品を選ぶのではなく、夜遅い場合は、栄養はあっても消化にやさしいものを選ぶ必要があることを知ってほしい」(細川さん)。
ラブテリの調査から見えてきたことは、若い女性従業員はダイエット意識の強さから栄養失調になりやすく、管理職の女性は「忙しさから食生活と健康を犠牲にしている」と感じている人が多いということでした。健康不安を抱えて長く意欲的には働けません。生理休暇を取りやすくするなどの環境を整えることも大切ですが、女性が自分の健康を大切にできるよう、知識を得るための研修も重要といえそうです。
「私が企業で研修を行う際には、テーマは女性の健康であっても、役員や管理職の男性社員も一緒に聞いてもらうようにお勧めしています。すると研修後に、『上司が大豆バーやヨーグルトなどを差し入れてくれた』『お昼の会議前・残業時には“まず食事を食べなさい”と時間をくれるようになった』など、職場の理解度が上がったことを喜ぶ声が女性従業員から多く届きます」と細川さんは話します。
職場のおやつにも栄養視点を
睡眠と運動の不足を解消する働きかけも
栄養やエネルギー不足を補うために、間食にも注目したいもの。最近は職場内に選べるおやつコーナーを設けている会社も多いですが、「スナックや菓子類だけでなく、ヨーグルト、スープ、ナッツ、野菜類など栄養価をより加味した食品もアイテムに加え、おやつからも栄養が補給できるように会社も支援をしてはどうでしょう」と細川さんは提案しています。
また、睡眠時間の確保、運動不足の解消も、生理や更年期の不調や不定愁訴を解消する重要なポイントです。
日本人の睡眠時間の短さは世界トップクラスで、しかも男性より女性のほうが短いという状態は、長年続いています(※2)。仕事以外に、育児、家事、介護などさまざまな役割を主力で担うことがまだまだ多い女性たちが、少しでも睡眠時間を取れるように、睡眠時間と不調との関係についてしっかり理解してもらうこと、また、残業時間を減らすような職場環境づくりも必要です。「多くの研究が、健康のためには6時間以上眠ることが大切と結論付けています。睡眠には食品も影響を与えます。食物繊維の多いものを食べると睡眠の質が上がるとの研究もあります。また、飲み物では、コーヒーやお茶などに含まれるカフェインを過剰に取ったり、遅い時間に摂取すると睡眠に悪影響を及ぼすことも分かっています。職場の飲み物の選択肢に、カフェインレスのものを加えるのもいい方法です」(細川さん)。
運動不足については、歩数を競い合ったり、立って会議をしたりするなど、職場を巻き込んでできる工夫も検討してみてはいかがでしょう。
- ※22021年版 経済協力開発機構(OECD)調査、NHK放送文化研究所の「国民生活時間調査」2020年
両親の闘病をきっかけに予防医学の専門家を志し、International Nutrition Supplement Adviserの資格を取得。2009年、日米の専門家チーム「ラブテリ トーキョー&ニューヨーク」を設立。14年、三菱地所と共同で東京・丸の内に「まるのうち保健室」を立ち上げ、「働き女子1,000名白書」を発表。その後、日本初の生理・PMSビッグデータ構築に取り組み、「ソフィ(ユニ・チャーム)」の生理管理アプリに開発協力。日本栄養士会「84セレクション」他、多数のアワードを受賞。近年は女性医療に特化したクリニックの開業と企業の健康保険組合の抱える課題にデータヘルスと研修で伴走する事業を展開中。
(※内容は2023年11月取材時点のものです)