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企業健診の問診に追加される「女性の健康課題」 実際はどのように運用されるのか?

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立石清一郎さん写真

企業の一般健康診断(定期健診)の問診票に、更年期障害や月経困難症など「女性特有の健康課題」に関する質問が新たに追加される動きが進んでいます。これまで個人のプライベートな問題と捉えられがちだった生理や更年期の悩み。今回の変更には、働く女性自身に「受診が必要な状態」だと気づいてもらい、我慢せずに早期治療へつなげる狙いがあります。

一方で、働く女性からは「会社にデリケートな情報を知られたくない」という不安の声も聞かれます。そこで、新たな問診導入の目的や、気になるプライバシー保護の仕組み、具体的な運用について、制度の設計に関わった産業医科大学教授の立石清一郎さんに伺いました。

「不調はつきもの」という思い込みを変える。健診に女性問診を導入する狙いとは

女性が健康で働き続けるための施策として、2024年秋、厚生労働省の検討会報告において、企業の一般健診の問診票に「女性特有の健康課題に関する質問」を追加する方針が盛り込まれました。対象となるのは、月経困難症や過多月経、PMS(月経前症候群)、更年期障害など、女性ホルモンの変動によって起こる症状です。

「女性はライフステージの中で、生理や更年期など女性ホルモンの変動に伴った健康課題を抱えやすく、若いうちから仕事にもさまざまな支障が及ぶことが分かっています。しかし、働く女性が増えている中、当事者である女性自身がそうした不調や大変さを『当たり前』と無意識に受け入れていたり、治療法があることを知らなかったりするケースが指摘されています。

そこで今回の施策は、女性が働き続けやすい環境をつくるため、まずは女性自身が自らの状態に気づき、必要な人に早く医療機関を受診してもらうことを発想の出発点としています。これは政府の『女性版骨太の方針2024』に基づいた取り組みでもあります」と立石さんは解説します。

参考:女性版骨太の方針 2024

女性特有の健康課題への「気づき」を促し、適切な医療につなげる

生理痛や更年期の症状そのものは病気ではありませんし、それに伴う不調は個人の資質や管理不足によるものではなく、ホルモン量の変動が主な原因です。そのため、食事や運動などの「個人の努力」だけでは解決できないことが多くあります。セルフケアは一定の効果が期待できますが、個人差が大きく、それだけでは改善しないケースも少なくありません。つらい症状が続く場合は、医療機関での治療が推奨されています。

「こうした状況について、本人のみならず、職場や社会全体での理解や配慮が必要ですが、症状や程度に個人差が大きいため、画一的な対応が難しい面があります。そこで今回は、当事者に『治療したほうがいいのかもしれない』という気づきをもたらし、産婦人科等の受診に結び付けることが大きな狙いです。

そのために、健診という多くの人が関わる場面において、困っている人が情報提供や啓発を受けられる枠組みとして、女性特有の健康課題で困っていることがあるかどうかを尋ねる問診が新たに導入されることになりました」(立石さん)。

健診での回答は「義務」ではない。会社への報告義務はある?

この新たな問診は、企業に何かを義務づけるものではありません。というのも、生理や更年期などに伴うつらい症状は、業務や作業との直接的な関連性が限定的であり、労働安全衛生法で扱うほかの職業性疾病とは性質が異なるためです。

「もちろん職場の配慮は必要ですが、法律による規制などが行き過ぎると、女性というだけで就業時間や職責などを制限することにもつながりかねません。更年期障害や月経困難症などは、適切な治療をすればある程度改善できることが分かっています。ですから、まずは治療をして症状が良くなるのであれば、それが最も望ましい。米国や英国のガイドラインでも、治療を第一に捉えています」(立石さん)。

重要なポイントは、あくまでも「治療するかどうかを決めるのは本人の選択」だということです。

「企業はこの健康問診の企画には関わりますが、個人の回答結果を知ることはありません。つまり、企業が直接、個人に対して『受診をしてください』と勧めることはできない仕組みになっています。

本人が医療機関を受診した結果、何らかの仕事上の配慮が必要だと感じた場合に初めて、本人が企業に申し出を行い、企業はその申し出に基づいて個別に対応するというスタンスなのです」(立石さん)。

問診で「困っていることがある」と答えた後の流れとチェックリスト

では、実際に健診に追加されるのはどのような質問なのでしょうか。

想定される問診内容

  • Q:女性特有の健康課題(月経困難症、月経前症候群、更年期障害など)で職場において困っていることがありますか。

①はい
②いいえ

この質問に「①はい」と回答すると、健診機関の医師から必要に応じて、情報提供や専門医への早期受診を勧められます。

健診機関向けのマニュアルには、受診者に提供するチェックリストとして以下の例が掲載されています。こうした情報を健診機関が提供することで、「困っている」と答えた従業員が、自分の「困りごと」がどのような疾患に当てはまる可能性があるのかを判断できるわけです。

「女性特有の健康問題でお困りの方へ」と題したリーフレットの紙面画像。月経痛での鎮痛薬使用増加や月経時の吐き気・頭痛、頻回の経血漏れ、PMS様症状、更年期のほてりや不眠など8項目のチェックリストがあり、該当する番号ごとに「月経困難症」「過多月経」「月経前症候群」「更年期障害」の可能性と概要を説明し、「症状がある場合は産婦人科など専門医療機関の受診を勧めます」と案内している。

「ただ、健診で専門医への受診を勧められても、どの医療機関に行けばいいのか分からない、という人が多いはずです。残念ながら、健診という制度上、推奨する医療機関の具体的なリストなどを作成するのは難しいのです。会社の診療所や保健師さんに相談するか、ご自身で通いやすい産婦人科を探していただくことになります。また、この制度では、会社が実際に受診したかどうかについて、チェックやフォローをすることはありません」(立石さん)。

関連記事:生理やPMS、更年期……職場における女性の健康課題を徹底調査

「結果は会社に筒抜け?」働く女性のプライバシーへの対応

健診を受けた従業員の中には、「健康問診の結果が上司や人事に知られてしまうのではないか」と不安を感じる人がいるかもしれません。
「回答内容は、健診機関から事業者に直接提供されることはありません。労働者本人からの申し出がない限り、問診の結果や、その結果に基づく専門医の受診状況を事業者(企業)が勝手に把握することはありません」(立石さん)。また、回答はあくまで「任意」なので、答えたくない場合は答えなくても問題はありません。

回答データの活用と職場環境の改善

一方で、女性の健康課題に配慮した職場環境をつくりたいと事業者が考えた場合は、回答を「集計した情報(個人が特定できない統計データ)」として受け取り、職場の環境整備に活用することができます。

例えば、ソファなどの休憩できるスペースの確保や、トイレに近い座席への配置、生理用品を常備するスペースの設置など、具体的な職場環境の改善を進めるための根拠データとして役立てることができます。

「ただしその場合も、健診を受けた従業員に対して、『回答の集計情報を個人が特定できない形で活用する』ことを事前に説明し、同意を得ることが条件になっています。また、個人を特定されやすい10人未満の小規模な職場では、集計情報は活用できないルールになっています」(立石さん)。

企業・事業者が取り組むべき「女性の健康管理」とは

問診の運用については、事業者(企業)向けに「女性特有の健康課題に関する問診を活用した女性の健康管理支援実施マニュアル」が策定されています。

「健診に設問を加えただけで、事業者がほかに何もしなくていいわけではありません。健診だけで終わらせず、女性が働きやすい環境を作るために事業者ができることは多くあります。マニュアルには、受診しやすい環境づくりや、制度整備、働き方の時間調整、相談窓口の設置など、事業者が取り組んでほしい項目が紹介されています」(立石さん)。

また、立石さんは企業へのメッセージとして次のように話します。

「問診結果を個人の受診勧奨に使ってはいけませんが、企業ごとにやれることをやっていくと良いと思います。例えば常勤の産業保健職(産業医や保健師)がいる職場であれば、今回の問診制度とは直接ひもづけずに、会社の産業保健職が全員面談を実施して健康状況を把握し、適切に個別の助言を行ったり環境改善を行ったりすることは非常に価値が高いと思います。『国が枠組みを決めた問診をやっているから、もうこれ以外には取り組まなくていい』ということにならないように願っています」(立石さん)。

企業ができる具体的な改善策「アクションチェックリスト」

具体的に企業がどのような事柄を改善すればいいのかについては、厚生労働省の研究班が、企業が女性の健康管理を適切に行うためにできることを約50項目にまとめた「アクションチェックリスト」を開発中(※1)だといいます。

「例として、休憩室の整備、温度調整しやすい環境、制服の工夫(経血漏れに配慮した色の採用など)があります。これはすべての企業に強制するものではなく、実際の課題は企業によって異なるため、各社が議論して施策を選ぶための材料だと考えてもらいたいのです」(立石さん)。

関連記事:産業医から見た企業の女性の健康課題への取り組み ~現状と課題、これから始める企業ができること~

問診はあくまで「きっかけ」。自分らしい働き方を取り戻すために

繰り返しになりますが、今回の女性の健康問診は、あくまで女性本人が不調に気づき、受診行動を起こすためのきっかけづくりのための仕掛けです。本当のゴールは、最終的に本人が治療の必要性に気づいて受診をし、元気に働けるようになることです。

「今回の制度の導入で、どのくらい効果があるかは未知数です。世界でも他に例がないので、メリット・デメリットは実施してみないと分かりません。健診の問診に加えたという点では、ストレスチェックなどが類似例としてあります。ストレスチェックも効果検証は難しいですが、ストレスへの注意喚起にはなっています。

健診の問診に追加するだけですべて解決するわけではないので、今後も検証していく必要があります。不調を抱える従業員が受診する産婦人科の医師に向けても、患者の就労先の企業に対してどのような助言をすべきかなど、対応策のマニュアルのようなものが必要になるでしょう。そうしたことも含め、女性の健康課題に対して取り組むべきことは多いと考えています」(立石さん)。

立石清一郎さん
産業医科大学 産業生態科学研究所 災害産業保健センター 教授

産業医科大学医学部卒。同大学病院両立支援科診療科長および就学・就労支援センター副センター長を経て2021年より現職。研究テーマは両立支援、災害時の労働者の健康管理など。労働衛生コンサルタント(保健衛生) 、日本産業衛生学会専門医・指導医、日本消化器病学会専門医など。

(※内容は2026年2月取材時点のものです)