女性特有の健康課題への支援策を職場で導入しようとしても、男性従業員や管理職の賛同が得られないなど、さまざまな壁があるという声を紹介しましたが(関連記事:「女性のための健康支援策なんていらない!?」職場の取組を阻む、リアルな壁とは)、実際に取組を始めてみた企業では、働く女性だけでなく職場にとっても良い影響が生まれているようです。産婦人科医であり、産業医として女性の健康支援に取り組んでいる飯田美穂先生に聞いたアドバイスとともに、働く女性と、人事や総務など企業担当者のコメントを紹介します。
働く女性の声
※コメントは漢字や表現など一部変更しています。
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職場にオンラインの婦人科受診と、低用量ピルの服薬支援サービスが導入されたので、人生で初めて生理時の不調について医師に相談し、低用量ピルを飲み始めたところ、1か月で嘘のように症状が軽くなって驚いた。今まで仕事を休んだり、脂汗をかくほどの痛みを我慢しながら通勤していたのは何だったのかと拍子抜けした。もっと早く、慣れない仕事と生理のつらさに四苦八苦していた新入社員の頃から知りたかった。
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以前から婦人科を受診したほうがいいとは感じていたが、どの病院に行けばいいのかわからないし、通院のために忙しい仕事を休むのも、のんびりしたい休日を犠牲にするのも気が進まず、先延ばしにしていた。そんな中、会社で婦人科のオンライン受診が使えるようになり、ランチタイムに職場で受診ができて、大変有り難かった。また同時に低用量ピルの費用補助も始まり、自己負担なく気軽に服薬を始められたのは、さらに嬉しかった。会社が女性従業員を大切にしていることが強く感じられたし、仕事のモチベーションも上がり、他社に転職する気もなくなった。
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生理についての社内研修をチーム全員で受けたところ「女性がそんなに悩みや課題を抱えているなんて全く知らなかった。これからは、困った時はすぐに言ってほしい」と男性上司から言われ、何だか感動してしまった。「どうせ男性は理解なんてしてくれない」と諦めていたが、たった1時間の研修でも大きく変わるのだと感じた。そして私自身も、生理だけでなく今後の更年期や男性の課題も知りたいと思った。
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生理などについて社内研修を受け、「女性には特有の健康課題があるのは普通」という共通認識ができたことで、「今日は生理2日目なので、ちょっと頻繁にトイレに行きたい」「更年期のホットフラッシュで汗をかくこともあるけれど気にしないでね」といった会話がしやすくなり、コミュニケーションが良くなった。思えば、昔は人前で鼻をかむのは少しはばかられたが、花粉症の人が増えて普通になったように、生理や更年期の悩みについても、無理して隠す必要はなく、もっと普通に話していいのではと感じた。
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女性特有の健康課題をテーマにした研修を受けた後、職場のチーム内で感想や意見交換をする簡単なミーティングをしたら、実は更年期のホットフラッシュで困っているとか、PMSでイライラ症状があるという同僚が多くいた。それからは「会社近くのあの病院がいい」「こんな対策をした」などの情報共有が活発になったし、時間休暇などもお互いに取りやすくなった。子どもの有無や介護と同じように、長く一緒に働く仲間が抱えている健康課題を知ることは思いやりや助け合いにつながり、結果的にチーム力も上がると思う。
企業担当者の声
働く女性だけでなく、人事など企業側の担当者も、女性の健康支援の導入には効果を感じているようです。
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女性特有の健康課題への取組についてホームページに掲載したところ、採用面接で学生からの質問が相次ぎ、関心度の高さを感じた。前向きに取り組めば、優秀な人材確保に効果がありそうだと感じている。
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取組を行った結果、新卒採用の応募者が増え、同業他社の担当者から「何をしたの?」と聞かれた。
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職場のトイレに生理用ナプキンを配備したら、特に交流もなかった女性従業員に面と向かって礼を言われるなど、大変感謝されて驚いた。私は長く健保や福利厚生事業を担当してきたが、このような経験は初めてだった。
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e-ラーニングで全社員向けに「生理セミナー」を実施したところ、当初は女性従業員から「男性に知られるのが気持ち悪い」、男性従業員からは「女性の権利ばかりを主張しないでほしい」「女性ばかり取り上げてずるい」「知ったところでセクハラになりそう」等、いくつも批判の声が上がった。しかしセミナー終了後には「今まで聞けなかったことが分かって良かった」「自分の娘のためにも、学ぶことが大切だと思った」などのコメントが、男性従業員からも寄せられた。さらに継続して女性の健康課題について情報発信を続けた結果、次第に関心が高まっているのを感じている。ただ関心度には差があり、全社員が理解を深めるまでには時間が必要ではある。またプレコンセプションケア(将来の妊娠を見据えたケア)やSRHR(セクシュアル&リプロダクティブ ヘルス&ライツ:性や子どもを産むことについて自分自身の意思が尊重され、選択できる権利)についての認知も低く、今後の社内啓発活動の課題だと感じている。
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人事として、女性特有の健康課題を抱える女性が多くいるであろうことは薄々感じてはいたが、表立って訴える女性従業員が少なかったため、経営課題として可視化されてはこなかった。そのため、新たな支援サービスの導入や研修に使う予算もなかったが、同業他社では取組を始めているという情報も入ってきており、まずは投資しなくてもできる試みを行った。毎日の始業時にチーム内で送り合うチャットに、当日のスケジュールや予定業務の報告に加え、最後に健康状態を顔文字で入れてもらう(何も問題がない日は笑顔、少し不快な症状がある日は困った顔、休みたいほどつらい日は泣き顔など)というもので、実際に行ってみると、快調でない従業員がとても多いことが明らかになった。不調の理由まで報告するものではないので、生理や更年期の人をはじめ、持病や忙しさ、ストレスなど、さまざまな原因があると思うが、健康に課題を抱えている従業員がいかに多く、配慮やサポートが必要であるかということについて管理職層にも伝わったので、これからさらに取組を進めていきたいと感じている。できれば当事者である女性従業員にも、もっと声をあげてほしい と思う。
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生理や更年期をサポートする制度を立ち上げるにあたり、男性従業員などからの反対意見が上がるのを覚悟していたが、蓋を開けたら1件もなかった。事前に社内報で、支援の必要性について産業医に解説してもらったのが奏功したのかもしれない。
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生理と不妊治療について、それぞれ社内アンケートを実施し、結果を社内報に掲載、e-ラーニングも実施した。女性従業員からは「こうしたテーマにスポットが当たることが嬉しい」という声が上がったほか、「積極的にサポートしたい」という男性従業員の声も寄せられた。アンケートで実態を明らかにし、あわせて自社の制度を伝えたことで、制度を利用しやすい職場環境づくりにつながったと思う。さらに産婦人科医によるセミナーを行った際には、「周囲にも理解を広めていきたい」「お互い様と協力し合える環境を整えていきたい」「気になる症状があったら受診しようと思った」など、前向きな声が相次いだ。
産業医・産婦人科医から
生理や更年期の不調は、多くの女性にとって働くことの妨げになっています。しかし正しい知識が不足しているため、適切なセルフケアができていなかったり、医療を受けられていなかったりというケースが、残念ながら多く見られます。こうした知識不足や、受診時間の不足、金銭的な理由などを、社内研修や健康支援制度を通して会社がサポートすれば、女性はもっと働きやすくなると考えられます。セミナーでも紹介しましたが、ヘルスリテラシーの高さは、仕事のパフォーマンスの高さに関連するという調査結果も出ているのです(関連記事:【アーカイブ動画公開中】女性の生理と更年期の悩み 知識をつけて働きやすい職場に!)。そして生理や更年期などについて学ぶ研修を実施する際には、男女や立場を問わず、職場の全員ができれば同一空間で受け、その後に部単位でディスカッションをするのがお薦めです。そうすることで、互いに無意識に抱いていた偏見や思い込みに気づくことができたり、正しい情報に基づいた意見交換や意思決定につながります。チームの仕事内容や人員構成によって課題感はそれぞれ変わってくるので、正しい知識を共に身につけた上で、職場にとって最適な対応策を考え、支え合う風土を育てて頂ければと思います。

2008年慶應義塾大学医学部卒。2010年同大学医学部産婦人科学教室に入局し、産婦人科医としての研さんを積む。2017年同大学大学院医学研究科修了、医学博士取得。2018年同大学医学部衛生学公衆衛生学教室助教。2021年同講師。女性ヘルスケアの向上に資するエビデンス創出のための疫学研究や、企業における女性の健康支援に従事。女性の健康を社会医学・公衆衛生の側面から取り組んでいる。産婦人科専門医、女性ヘルスケア専門医、社会医学系指導医、日本医師会認定産業医。