東京都が2023年に約3500人の働く女性を対象に行った調査では、女性特有の健康課題により、約3割の女性がキャリアアップを諦めており、その原因は生理痛(32.0%)が一番多く、PMS(31.0%)、メンタルヘルス(28.5%)、更年期症状(25.2%)が続きました(関連記事:生理やPMS、更年期……職場における女性の健康課題を徹底調査)。10人中3人の女性が、健康課題によって仕事を引き受けることやキャリアアップを諦めてしまっているという現状は、女性本人だけでなく、企業や社会全体にとっても大きな損失といえます。経済産業省でも、女性特有の健康課題による経済損失額は年間3.4兆円に上ると試算しています(関連記事:女性の健康課題の経済損失は「年間3.4兆円」解消で人材定着・生産性向上・投資などに期待)。
働く女性のリアルな体験談とともに、産婦人科医であり、産業医として女性の健康支援に取り組んでいる飯田美穂先生のアドバイスを紹介します。
働く女性の声
※コメントは漢字や表現など一部変更しています。
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仕事は好きだけれど、私は生理痛がひどいので、出張の多い仕事や、責任が重く休めない仕事は諦めざるを得なかった。
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更年期症状がつらいと上司に相談すると「無理せず辞めていいよ」と言われた。会社は、生理=若い女性のための対策には前向きだけれど、更年期のサポートについては後ろ向きで、「首切り」の口実にすら使われてしまう。これでは休むどころか、相談もできないと思う。
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私は更年期障害のため、もう少し残業が少ない部署に異動したいと希望したら、降格されてしまった。今まで頑張って仕事を続けてきたのに、「何でも気軽に相談するように」と言われていたのに・・・会社と上司に裏切られた気持ちで一杯になった。
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生理や更年期について、日本の教育現場ではきちんと学ぶ機会が少ないため、社内研修などで知識を得ることは重要だし、生理休暇や女性産業医などサポート体制の整備は必須だと思う。でも、そのような動きは、男性の割合が高く保守的な職場では導入がうまくいかないことが多いと思う。前職がまさにそれで、女性1人の力では相談したり改善を求めたりするすべはなく、退職理由の一つになった。
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私は生理が重く、月経困難症と診断されたので、低用量ピルを服用して仕事を続けてきたが、40歳からは低用量ピルが処方されにくくなるので、痛みを感じるたびに鎮痛剤に頼るしかなく、本当につらい。これから更年期症状も重なると、仕事を続けるのは難しいのではと感じている。
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生理痛や更年期症状を治療して、遅刻や早退を減らしたいと思ってきたが、低用量ピルやHRT(ホルモン補充療法)が体質に合わなかった。しかし同僚女性からは「なぜピルを飲まないのか」と理解されず、職場に居づらくなって、結局正社員でいることも諦めた。
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TVのCMを見て、オンラインで低用量ピルをサブスク契約したが、副作用の頭痛がひどく、飲み続けられなかった。このままでは仕事が続けられないと悩み、意を決して婦人科に行ったら別の薬を薦められ、人生が変わった。薬を全く受け付けない人もいるかもしれないが、仕事が続けられないほど辛い人は、大変だけれど、婦人科のセカンドオピニオンやサードオピニオンを求めてみてもいいと思う。
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部下は生理休暇などを自由に取得していたが、管理職の自分には更年期休暇などなく、そもそも休暇自体が全く取れない状況で、更年期障害と仕事のプレッシャーが重なり休職、そのまま退職に至った。
産業医・産婦人科医から
経済産業省が2024年2月に発表した、女性特有の健康課題による経済損失の中で最も金額が大きかったのは、離職などを招いてしまう更年期症状で、1.9兆円にも及んでいます。40代半ばから50代の更年期世代の女性は、職場で責任の重いポジションにいる方が多く、自身の不調と仕事の両立に悩んで、結果的に仕事を諦めてしまうケースもあるという現状は、非常に残念です。産業医として長時間労働やストレスチェック後の面談等をさせていただく際にも「更年期症状で悩んでいる」と自ら話す女性は非常に少なく、こちらから質問して初めて不調を打ち明けることが多いため、周囲に悩みやつらさを言えずに一人で苦しんでいる方も多いのだと思います。
更年期に由来する症状であるかどうかの診断は、他の病気が原因ではないという「除外診断」が必要であり、症状の種類も非常に多岐にわたるため、内科や整形外科などさまざまな診療科を受診されてから婦人科にいらっしゃるケースも少なくありません。更年期障害と診断された場合には、HRT(ホルモン補充療法)はさまざまな症状に有効ですし、昔から行われてきた漢方による治療も、個人の状態に応じて服用することで症状の改善につながります。また、医療によるサポートだけでなく、生活習慣の見直しや周囲のサポートも更年期症状の改善には非常に重要です。イギリスでは、国が更年期症状に関する対策本部を設け、義務教育の段階で更年期について学んだり、企業に対策を働きかけたりするなど、社会全体で更年期症状へのサポートを進めているといいます。まだ日本ではこのような動きは不十分ですが、自社の女性従業員の健康課題について実態把握を行ったり、研修をする企業も出てきています(関連記事:産業医から見た企業の女性の健康課題への取り組み~現状と課題、これから始める企業ができること~)。生理や更年期のつらい症状を抱える人を決して咎めたりすることなく、職場全体で支援すること、個人一人の問題として片付けず、社会共通の課題であると捉えることが必要ではないでしょうか。

2008年慶應義塾大学医学部卒。2010年同大学医学部産婦人科学教室に入局し、産婦人科医としての研さんを積む。2017年同大学大学院医学研究科修了、医学博士取得。2018年同大学医学部衛生学公衆衛生学教室助教。2021年同講師。女性ヘルスケアの向上に資するエビデンス創出のための疫学研究や、企業における女性の健康支援に従事。女性の健康を社会医学・公衆衛生の側面から取り組んでいる。産婦人科専門医、女性ヘルスケア専門医、社会医学系指導医、日本医師会認定産業医。