働く女性のつわり、流産、産後復帰の悩み
妊娠・出産をめぐる職場の厳しい現状とは
少子化が進む中、働く女性が安心して妊娠・出産できる環境を整えることは、社会全体にとって大きな課題です。そのため男女雇用機会均等法や労働基準法では企業に対し、妊娠中の通勤緩和、休憩時間の配慮、健診受診のための時間確保、医師などの指導があった場合は業務の軽減、妊娠・出産を理由にした不利益な取り扱いの禁止などを定めています。しかしこれらの対応が充分ではない職場もあり、妊娠中や産後に困難な体験をした女性も多いようです。産婦人科医・産業医として女性の健康支援に取り組んでいる飯田美穂先生のアドバイスとともに、働く女性の声を紹介します。
働く女性の声
※コメントは漢字や表現など一部変更しています。
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現在妊娠初期で、つわりのため気持ちが悪く、仕事にも影響しているが、安定期前なので公にもできない。時間単位の有休取得や在宅ワークができれば、負担を減らして両立できるのにと思う。
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妊娠中、職場で言われて嫌な気持ちになったのは「妊娠・つわりは病気じゃないから」という言葉。男女どちらからも言われたが、病気でなければつらくても平気な顔をしなくてはいけないのか?
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私はつわりがひどくてキャリアを断念せざるを得なかったが、「職場で妊娠をしばらく隠す」という風潮や教育が、さらに妊婦をつらくさせていると思う。安定期前にたとえ流産してしまったとしても恥ずかしいことではないし、お葬式をしたいくらい悲しいことなのだから、皆で配慮し、助け合えたらいいと思う。生理も同じで、ナプキンを購入する際に紙袋に入れたり、なぜ隠さなければいけないのか、常に疑問に感じる。生理がなければ誰も産まれてこなかったわけで、命をつなぐ上でとても大事な身体の負担だと尊ぶべきだと思う。
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私は流産後、体調不良でまともに勤務ができなくなり、職場の理解もなく退職した。生理や妊娠、不妊治療へのサポートも大切だが、流産後のサポートも必要。
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出産後に生理の経血量が増え、仕事中にトイレに行くタイミングが取れず、漏れてしまうことがあった。
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産後に職場に復帰したら、人員配置がギリギリで休むことが難しく、結局、メンタルに支障をきたして長期休職した。子どもは保育園で頻繁に風邪などにかかるし、急に体調も崩すし、母になると「絶対に休めない」勤務態勢で仕事を続けるのは厳しい。それなのに、上司の理解・配慮どころか、より過酷な人員配置の部署にされたと感じている。
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女性の上司に生理痛がひどいから休みたいと連絡したところ、「普通、子どもを産んだら生理痛は軽くなるものなのにねえ。鎮痛剤を飲めば治るでしょ? 出勤しなさい!」と言われた。
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未婚の女性上司に妊娠を報告したところ、翌日から担当業務を外され、出勤しても何も仕事がない状況にされた。今で言うマタニティハラスメントだった。これから妊娠・出産を考えている若い女性や男性は気遣ってくれたが、管理職ではないため、改善されることはなかった。出産後も、家庭の経済的な事情で育休や時短制度を使えず、産後8週間で職場に復帰したが、やはり何も仕事がない状況は変わらず、1カ月後に別の部署に配置転換された。すると、異動先で子どものいる同僚女性から「あなたのように育休や時短制度を使わない人がいるから、制度が改悪されていくのよ。赤ちゃんは母親が育てるのが一番なのに」と、私の家庭事情を知っているのに言われ、女性の敵は女性だと痛感した。
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現在、産休代替は派遣でカバーしているがうまくいっておらず、管理職の立場としては、本当は別の従業員を補充して育てたい。またせっかく産休・育休取得社員の枠を空けておくために周囲がフォローしても、結局退職されてしまうこともあり、やるせなく感じている。産休・育休で一旦退社しても、社会復帰が容易な社会になってくれたらと思う。
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妊娠・出産する人への配慮はたくさんあるが、子どもを産まなかった(産めなかった)人にも配慮が必要だし、産休・育休取得者のサポート業務をした人には、きちんと報酬を支払う仕組みを作るべきだと思う。
産業医・産婦人科医から
妊娠初期は、多くの女性がつわりを経験する時期です。一方「流産してしまうかもしれないので、安定期に入るまで職場に言わない方が良い」「望んでも妊娠できない人もおり、大っぴらに言いにくい」などと考えて、誰にも言えずに我慢している女性は多いようです。症状は人それぞれですが、激しい吐き気や嘔吐、体重減少、脱水症状などが起こる状態を重症悪阻(おそ)と呼び、病院で治療を受け、場合によっては入院が必要なケースもあります。私自身も重症悪阻により入院が必要で、仕事を急に休まざるを得ませんでした。出勤できている女性でも、空腹時は吐き気が強くなるため、こまめに休憩し少量ずつ食べることが必要な場合もあります。そのため職場の全員ではなくても、上司や一部の同僚には早めに話したほうが、マネジメントの観点からも安心だと感じています。
つわりは、周囲に言えずに悩んでいる人が多いという点では生理の悩み(生理期間中や生理前の不調)と似ていますが、長い人では数カ月単位で続く場合があるので、仕事との両立がより困難な場合があるかもしれません。男女雇用機会均等法では医師から必要性を認められれば「つわり休暇」の取得がすべての働く女性に認められています。女性はつわりがつらい時には休める制度があると知っておき、周囲も「たかがつわり」などと考えないことが大切です。そしてつわりだけではなく、職場に体調が悪そうな人がいたら配慮し、無理せず休める環境を目指してほしいと思います。
あまり知られていないかもしれませんが、実は流産についても産後休業の対象になる場合があります。妊娠4カ月以降に流産・死産してしまった場合には、企業は8週間、従業員を就業させてはいけないと定められているのです。また妊娠の週数を問わず、流産・死産後1年以内の女性には、健康診査を受けるための時間確保など、母性健康管理措置を取ることも企業に義務づけられています。厚生労働省の令和5年人口動態統計によると、死産は年間1万5000胎を超えており、これらの非常につらい体験をしている人たちが体調や精神面を回復するためにも、制度の周知や利用、周囲のサポートが増えることが必要だと思います。
職場復帰後の悩みも多く寄せられていますが、産後のメンタル不調や、育児との両立で疲労が蓄積している女性に対し、心ないことを言うのは避けるべきでしょう(関連記事:見落とされがちな「産後うつ」。悪化を防ぐために周囲や本人ができること、関連動画:誰にでも起こりうる「産後うつ」の特徴と対処法)。不快な言動や不利益な配置転換はマタニティハラスメントにあたる場合もあり、企業にはその防止義務があります。現在の日本では長時間労働を前提に、完璧に働ける人を求める傾向がありますが、短い勤務時間でも成果を上げている人を正当に評価し、多様な働き方を認める風土が広がれば、こうしたつらい体験をする人は減っていくのではないでしょうか。
また働いた分に見合った報酬や評価が得られない「努力報酬比がつり合っていない状態」は、大きなストレスとなり、心身の健康に悪影響を及ぼすことが知られています。企業は是非、産休・育休の女性をサポートしている従業員への待遇改善も図ってほしいと思います。働く女性が新しい命を産み、育てたいという気持ちと仕事を続けることが、もっと負担なく両立する社会になることを願ってやみません。

2008年慶應義塾大学医学部卒。2010年同大学医学部産婦人科学教室に入局し、産婦人科医としての研さんを積む。2017年同大学大学院医学研究科修了、医学博士取得。2018年同大学医学部衛生学公衆衛生学教室助教。2021年同講師。女性ヘルスケアの向上に資するエビデンス創出のための疫学研究や、企業における女性の健康支援に従事。女性の健康を社会医学・公衆衛生の側面から取り組んでいる。産婦人科専門医、女性ヘルスケア専門医、社会医学系指導医、日本医師会認定産業医。